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第二八番隊  作者: 鱗田陽
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雨降りの日④

 船屋の土間に腰かけて、白鳥と平野は外を窺っていた。

 今、あの壮年の労働者が北島という男について説明し、番頭が帳簿を洗っているところだ。この微妙に手持無沙汰な時間で、二人は茫然と雨の降りしきる外を見つめていた。

 そろそろ白み始める頃らしく、紺一色に染まっていた夜空が明るみを帯びてきた。

 しばらく沈黙がたゆたったのだが、やはり白鳥が堪え切れなかった。

「あの北島という男、一体何をしたっていうんでしょうね?」

 土間に腰かけた膝で頬杖をついていた平野は胡乱な様子で顔を上げ、力なく溜息をついた。

「殺されるようなことだろう」

「話しを聞く限り、人畜無害そうな人なんですがねえ……」

「人畜無害な人間は、よほどの不運がない限り殺されないし、金を持っていない」

 平野はきっぱりと断言し、口を閉ざした。やはりこの女は苦手だ、と白鳥などは思うのだが、その拍子に背後で番頭が歓喜に打ち震えるような声を上げた。

「見つけましたよ!」

 それで白鳥は勢いよく振り返り、四つん這いで番頭の元に向かった。

「どこの誰だったんです?」

 半ば飛びかかるようにして白鳥が尋ねると、番頭は満面の笑みを浮かべた。

「南波という名前で登録されていました。どうやら住所は件の長屋で、出身は北国。仕事は主に荷揚げですね」

「それ以外には?」

「彼は一時期、北の人間が使う旅籠に泊まっていたようです」

 そこまで聞いてしまうと、平野はすっくと立ち上がった。そのまま船屋の外に出てしまう。その様子を見ていた白鳥は、急いで土間を駆け抜け、番頭に小言を貰う羽目になった。

 二人は、そのまま北の人間が使うという旅籠へと向かう。

 市中広しといえども、住居を見つけるのは至難の業だ。大抵の長屋には所有者がいて、許可がなければ住めない。であるから地方出身者は、必ずその地縁者が営んでいる旅籠に住まうことになる。ここで時間を稼ぎ、住む場所と仕事を見つけるのである。

 東の空が完全に白んだ頃になって、二人はその旅籠へと辿りついた。もう雨は上がっている。平野は何の躊躇いもなくその暖簾をくぐると、入り口で町奉行所の証である、神平家の紋所が書かれた印籠を取り出した。

 それを見て、応対に出てきた小間使いが平伏した。

「少し聞きたいことがある。責任者を呼んで来い」

 というわけで小間使いが呼んできたのは、この旅籠の主であった。もちろんのこと、彼も北の出身である。そして代々続く旅籠を守る一人でもある。

 この旅籠には、北から出稼ぎにくる者、移住しようとする者、旅行しようと思う者、様々な人間が集う。こういう地縁者がいれば、何事も円滑に進むのである。

 この初老の男は、南波のことを良く覚えていた。いくらかの金を包まれて、彼のためにすぐさま住居を探したのだという。

「で、南波はどういう態度を取ったのです?」

「とにかく早く働きたいってんでしてねえ」

「それで、住む場所を見つけたんですか?」

 白鳥が問うと、主は大きく頷いた。彼らは今、旅籠の奥――すなわち主のための私的な部屋に通されていた。平野は澄ました顔で茶を啜り、出された団子を白鳥の分まで食べてしまっている。時折、ぐう、と腹が鳴っているのは気のせいだろう。

「ええ、出稼ぎなんかでは良くあることですから。大抵の場合と同じように、そのお金は長屋の所有者に支払いました。稼ぐ必要のある人達の為になればと思うのですよ。」

 そこで旅籠の主は咳払いをして、残念そうな顔をした。

「まあ、彼とはそれきりですね。故郷に帰る時は必ず来なさい、と言い置いてありましたから。来ないということは元気でやっているのでしょう」

「……それで、その南波のことなんですが、何日か前に尋ねてきた人はいませんか?」

「それは存じ上げませんが、事情を知っている者はおります」

 旅籠の主が手を叩くと、小間使いの男が恭しく障子を開けた。随分と訓練されているらしい。その慇懃な態度に白鳥は目を見張った。

「藤次郎をお連れしなさい」

 主が言うと、小間使いは間髪いれずにその場を離れた。ややもあって廊下の方が騒がしくなったかと思うと、小間使いと、もう一人見覚えのある男が姿を現した。

「あっ!」

 白鳥と、その男が同時に声を上げる。

藤次郎と呼ばれたその男が逃げ出そうとするのを、小間使いが取り押さえた。そしてそれから半瞬遅れて平野が首根っこを掴み、藤次郎を部屋の中に引きずり込んだ。

 この騒がしい光景を見ても、旅籠の主は眉ひとつ動かすことさえなかった。

「何か、あったのですか?」

「南波が亡くなったんです」

「それはそれは……。悲しいことです」

「ええ。で、その殺害現場の第一発見者がこの藤次郎というわけです」

 それで、主はじろりと藤次郎を睨んだ。彼は真後ろにいる平野を怖々と窺い、逃げる機会がないと分かるや肩をすくめた。

「あの、どうもすみませんでした」

 藤次郎が深々と頭を下げた。

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