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第二八番隊  作者: 鱗田陽
222/228

梅津神之助の末路①

 梅津神之助の目的は何か?

 全身に走る痛みをこらえながら白鳥は考え続けていた。

 今や市中は紅蓮の炎に焼かれ、雲ひとつない夜空には無数の煙が立ち込めて、欄干を覆い隠している。

 建物が打ち壊された豆河通りは、普段の夜のように、ひと気もなく、物音もあまりしなかった。というのも火事を恐れて皆が皆、どこか遠くへ避難したからだ。

 時折火事場泥棒の姿が見えるが、汗みずくで駆け抜ける白鳥を見つけると陰に隠れた。嫌に真面目な顔で、いざとなれば飛びかかれるように身をかがめながら。

(あんた達も逃げなさいよ……)

 と呆れるが、目くじらを立てて叱責するほど暇ではない。

 白鳥の足はたゆまず動き続けていた。それは心臓の鼓動に後押しされるものであり、それと同時に脳みそも間断なく稼働し続けている。

 何故、梅津はこの騒動を起こしたのか。

 恐らく同心達は、今度こそ本気で中津国を転覆させに来たと思っているだろう。

 豆河通りに残されたおぞましい傷跡がその証左だ。市中で最古の商家が跡形もなく破壊され、炎がくすぶっている。他にも爆発によって生じた焔が、蛇となって店の列を焼きつくしている。

 整然と、肩を押し付け合って並んでいた店は、今や瓦礫の山である。

 そういうものを振り切るように武家屋敷の連なる通りまでやってきた。

 かつて指令書を辿って見つけた秋葉地蔵は倒され、粉々に砕けている。この一帯の被害が一番大きそうだ。地平線が赤々と染め上げられている。

 その惨状に直面し、脳裏には不謹慎とも思える考えがよぎっていた。

(梅津はここで燃え尽きる気なんだろうか?)

 壮大な自殺の為に、こうして市中を巻きこんだのではないだろうか。そう思ったが、すぐにこの馬鹿みたいな考えを捨てた。

 元は武家屋敷の白壁が覆っていた地点に足を踏み入れると、崩れた瓦礫の陰から二人の男が飛び出してきた。体を引きずり、血に濡れた抜き身の剣を握っている。

 その血迷った様子に、白鳥は慌てて手を上げた。

「ちょっ、ちょっと、僕ですよ!」

 現れたのは同心だった。彼らは揃って白鳥を見、そして顔をしかめた。

「お前、何してんだ?」

「それに、その格好は?」

 今の白鳥といえば、町人然とした粗末な麻の着物を着ている。走ってきた影響からか胸元も裾も乱れている。髷だってぼろぼろだし、体中傷と煤と血にまみれていた。

「これは……色々あって、その、平野さんが助けに――」

「あ! そうだ。平野さん。あの人突然飛び出していったんだ。どこにいるんだ?」

「梅津に斬られました」

 白鳥は蒼白の顔で事実を告げた。すると同心達は顔を見合わせ、揃って悲しげに視線を伏せた。

「そっか。今となっちゃ、お前の話が正しかったって分かる。……平野さんの言うことを聞いておけば良かった」

「え?」

「あの二人だけだ。お前を信用していたのは」

 話している間も足は動いている。

 屋敷通りの一帯にはいくつもの亡骸が転がっており、同心達は、その死体を一々指差した。あれはどこそこの番所で働いていた誰だ、と。

 白鳥も、一度などは立ち止まって、その亡くなった男の顔を覗きこんだ。

 敵と抱き合うようにして同心が死んでいたのだ。同じ昼番の男だった。彼と同じく絶命している若者も、戸田邸で周囲を固めていた男の中に見覚えがあった。

 それ以外にも屋敷を燃やす炎に照らされた亡骸が転がっている。

「随分と多くの連中が逝った。まだ戦いは静まっていないよ」

 白鳥は膝をついて死者の目を閉じさせてやり、再び立ち上がった。

「一番激しいのはどこです?」

「お前が行ったって、役に立たないんじゃないか?」

 見れば、同心達も怪我をしている。足手まといになるから、こうして止めを指すために屋敷通りを這いずりまわっているのだそうだ。遠くの方で瓦礫が崩れる音がした。蛍の群れのように火の粉が舞い、夜空を彩る。

「いいから。どこですか?」

 白鳥がなおも尋ねると、彼らは微妙な顔になった。

「神平家の御屋敷じゃないか?」

「ああ。河津さんがそっちに行ったまま、帰ってこない」

 白鳥は小さく頷き、振り切るようにして前を向いた。二人の同心は持ち場を離れることも出来ず、呆気に取られたままその背中を見送った。

 連なる屋敷のほとんどが破壊されていた。石垣が崩され、その上で折り重なるようにして男達がぐったりと横たわっている。

 戦いはほとんど一点に収束し始めているようで、前方に神平家の屋敷が見えるまで、全く生きている人間を確認することは出来なかった。

 だが、見えてくると、それまでの風景は一変した。

 そこでは血だらけの男達が炎に照らされていた。まるで地獄の一風景を見ているようだ。

 斬られた男がもがきながら相手の足を薙ぐ。そして二人とも地面に倒れ伏すと、脇差を互いの体に突き込み、悲痛な叫び声を上げながら体中から力を抜いた。

 他方、三人の敵に囲まれた同心が、必死の形相で剣を振っている。血走った目を周囲に向けるが、一瞬の隙をついて敵に肉薄され、腹に剣を突き立てられた。彼は一気に石垣まで追いつめられたが、最期の力を振り絞って一人を殺した。

 そこかしこで同心と梅津の信者が血を浴び、命を削り、そして煌めく紅に面上を照らされている。熱風が起こり、死した魂を天上へと吹き上げていた。

 白鳥は唖然とした。荒い息遣いの音が脳みそを突き抜けた。

 粛々と営まれていたはずの日常が完全に崩れている。市中に危機が迫れば、当然、同心達は死力を尽くさねばならない。全ての敵を打倒する必要がある。

 もちろん白鳥だってその決意を――淡いながらも――持っていると思っていた。

 けれども普段、顔を突き合わせ、時には酒を飲み、冗談を言い合っていた人達が、血にまみれながら戦いを繰り広げる姿は全く想像していなかった。

 それが今、現実となっている。

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