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第二八番隊  作者: 鱗田陽
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梅津神之助の陰謀⑤

 須根屋の金吾は、どうやら質屋を営んでいるらしい。

 白鳥が店先にやってきた時、困惑した面持ちの農夫や貧民が辺りをうろついていた。店の入り口が固く閉ざされていたからだ。

 これは死活問題だ。貧乏人にとって、朝方質草を入れて当座の資金を得、夕方にその日の給金と交換するのは当然のことだ。

 彼らの困惑を尻目に裏手に回った。

「やっていないんですかねえ」

 こちらも閉ざされていたが、構わず裏戸を押す。沈黙を憚るように木戸が軋み、何の感慨もなくその口を開けた。

 そっと中を覗きこむが、人の動くような気配は全くない。

(誰もいないみたいだな……)

 それをいいことに敷地に入った。

「……お邪魔します……」

 たゆとう沈黙を必要以上に破らぬよう注意しつつ、建物の裏口をくぐる。

「こんにちは、誰かいませんか?」

 中は薄暗く、しんと静まり返っている。白鳥は無遠慮にも草鞋を脱ぎ、さらに奥へと進む。壁際に隙間なく棚が置かれ、整然と商品が並べられている。

 金吾は随分と几帳面みたいだ。商品には誰から、いつ、いくらで買ったのかと書かれた紙の切れ端が張られている。ほとんどが近所の貧乏人からの質物だ。

 本当に誰もいないのかと手当たり次第に部屋を覗く。そちらにも棚が設置されていて、やっぱり商品が並んでいた。

 一通り部屋を物色し、店の正面にも回ったが人の影すらない。白鳥は首をかしげつつ、さらに別の一画へと足を踏み入れた。

 やってきたのは金吾の私的な空間であった。それと分かるのは棚がなかったからだ。面した庭には南天や椿などが植えられている。店は広いのに、彼が好きに使えるのは小さな一室だけなのだ。

 その部屋の戸に触れた時、冷や汗が背中を流れた。不法侵入をしている後ろめたさからだろう、と決めつけた。

 瞬刻、緊張感の正体を目の当たりにした。

 ぱっと深紅が一色、目に飛び込んできた。部屋中に赤い飛沫が散り、天井からは血液が滴っている。真正面の壁には、満開の梅と交差した二振りの刀が描かれた、神の国の旗が張られていた。

 血みどろの畳に視線を移すと、そこには左の胴から右の肩にかけて袈裟斬りにされた、男の死体が転がっているのである。

 白鳥は口をぽかんと開けた。

 あまりに残酷だったからなのか、それとも別の悪意を感じたからなのかは分からなかった。だが、死体に見慣れてしまったと自称しても差し支えない彼が言葉を失った。

 それまで、梅津が斬ってきた亡骸は穏やかな顔をしていた。自分が斬られたという事実に気付かぬまま、絶命しているような感覚だ。

 しかし、金吾の場合は違っていた。内臓が引きずり出されていたし、手足には人差し指ほどの太さもある釘が突き刺さっていた。

 良く見ると壁には四つの穴が開いている。もしかしたらそこに張り付けにしていたのかもしれない。

「……どういうことですかね?」 

 白鳥は思わず呟いていた。むっと来るような異臭にもめげず、金吾の亡骸を調べる。温かい。まだ生きているうちにいたぶられたのか、彼の顔は苦悶の表情を浮かべている。

 吐き気を堪えつつ部屋の様子も確認していく。荒らされた形跡はない。

 そもそも、だ。何故金吾は殺されたのだろうか。梅津は理由もなく人を殺したりはしないはずだ。

 それに神の国の旗も……。随分と年季が入り、所々に煤や焦げた跡が付いていた。

(他には……特になさそうだな)

 誰かに見つかる前にさっさと現場から離れる必要がありそうだ。白鳥は戸を閉め、忍び足で元来た道を戻った。

 再び棚に囲まれ雑然とした地点に戻ってきた時、棚の一つに不自然な空きがあることに気が付いた。

 金吾は随分と几帳面な男だ。他の棚にはほとんど隙間がない。商品が出入りするたびに棚を整理しているのであろう。

 けれども、そこには、ぽっかりと一つ分の空きが出来ていた。棚のところには元所有者の名前が書かれた張り紙が残されている。

「……真坂」

 固く閉じた喉をこじ開けるようにして唾を飲んだ。

 急いで外に飛び出し、店の前でたむろしている男に金を握らせる。同心――特に平野という同心――を呼んで来いと念を押し、真坂の屋敷に戻った。

 この行動は功を奏した。すでに平野達の姿がなかったからだ。

 白鳥は縁側でぼんやりとしている奥さん――とはいえ華美な化粧は落とされている――の前に立った。

「一つだけ聞いてもよろしいですか?」

 彼女は力なく頷いた。

「旦那さんは須根屋に良く行っていましたか?」

「須根屋、でございますか……?」

「金吾、という名前に聞き覚えは?」

「あります。……あります。昔の仕事仲間だ、と言っておりました」

「彼は同心だったんですか?」

「いいえ、昔、とある事件で協力してもらった、と。それでよく……」

 なるほど、これで一つ繋がりが見いだせた。

 白鳥はそっと奥さんの隣に腰を下ろし、その冷たい手を握った。彼女は顔を歪めた。辛い過去が脳裏をよぎったのだろう。白鳥はますます手を強く握りしめ、奥さんに囁いた。

「……とにかく今日は晩のご飯を食べて、床に入ることだけを考えればいい」

 奥さんはその言葉に呆気に取られていた。白鳥はいつもと違う、本心からの笑みを浮かべた。

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