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第二八番隊  作者: 鱗田陽
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梅津神之助の陰謀③

「ああ……白鳥か」

 一人で番所に戻ってきた白鳥に、昼番の同心が気まずげな声を掛けた。港近くにある番所は慌ただしい空気を孕んでいた。

「……何かあったんですか?」

 消え入りそうな声で尋ねるその目は赤くはれていた。あれきり誰も相手にしてくれず、落胆しながら戻ってきたのだ。とてもじゃないが仕事をする状態じゃない。

 もちろん同僚達も最近言動が怪しい若い同心を信頼しているわけじゃない。やむにやまれぬのであろう。いつもより一歩分だけ離れたところから言った。

「真坂が殺された」

「え?」

 その名に聞き覚えがあった。当然だ。この番所で働く夜番の同心なのだから。

「とにかく来てくれ。人手が足らない」

 殺害現場一帯は武家屋敷が連なり、昼間はひっそりと静まり返っている。今日はそれが顕著で、同心達が目を光らせているから商家の御用聞きの姿さえない。

 給金が良いわけでもないのに、真坂は庭付きの小さな屋敷を持っているようだ。

 正門から入り、ぐるりと屋敷を回る。中庭に差し掛かったところで、働いている医師の姿を見つけた。

 あとじさりしたい気持ちを抑えつつ、死体を覗きこむ。

「これ……梅津の太刀筋に似ていませんか?」

 真坂の体には左の胴から右肩に掛けて、鋭い斬撃のあとがうかがえる。戸田の時と同じように骨を砕いてはいるが、完全に両断しているわけではなく、その亡骸は文字通り背中の皮一枚で繋ぎとめられていた。

「ああ、ほぼ間違いなくな。ただ、誰もその姿を見ていない」

 またそれか、と白鳥は顔をしかめた。何だって自分の前にだけ現れるのか。無言の中に憤りを感じたのだろう。検視を終えた医師が手を拭きながら言った。

「それが目的なのかも知れんがね。君は彼の思想に傾注しそうな雰囲気がある」

「……どういうことですか?」

「怒るなよ。若くて、小賢しい頭を持っていると、ああいう先鋭的な考えにかぶれやすいんだ」

 馬鹿にしているのだろうか? けれども医師の表情を見る限りそんな雰囲気ではない。むしろ本気で心配しているような、警戒しているような感じを受ける。

「僕は絶対に、梅津とは相容れませんよ」

「分からんさ。もう染まっているかも知れん。とにかく捜査をしてみろ。梅津はどうしようもない屑だが、理由もなく人を殺す奴じゃない。奴にとって殺人は議論と同じだ」

 医師はそれだけ告げ、見習いと共にさっさと屋敷から立ち去った。

 その後ろ姿を見送った白鳥は、脳内で何度も言葉を反芻し、肝に銘じることにした。

 確かに梅津は、自分の行為を正当化するのに熱心だ。自分に近付いてきたのだって、何かしらの目的があったのだろう。

「彼の死体を発見したのは?」

 白鳥は気を取り直して近くにいた同心に尋ねた。番所へ帰れとは言われたが、仕事をするなとは言われていない。ならば、するべきことをするだけだ。例えその先に梅津がいたとしても、それは不可抗力である。

「奥さんが。屋敷の中にいます」

 白鳥は縁側から屋敷に入り、客間に向かった。そこでは数人の同心に囲まれた、若く可愛らしいお嬢さんが座っている。

 ぱっと目についたのは外見が華美なことだろう。遊女顔負けの髷に、かんざし、そして厚塗りの化粧だ。浮気でもしているんじゃなければ、よっぽど真坂は奥さんを着飾らせたかったのだろうか。

 聞き取りの輪の中に加わる。奥さんは、夫が亡くなっていることに明け方まで気付かなかったのだという。

「ええ、わたくしは、その、外に出ておりまして」

「外? 浮気か何かですか?」

 同心達は単刀直入に不躾な質問をする。あまりの羞恥心に奥さんは絶句していた。白鳥は咳払いをし、あとの話を継いだ。

「順を追って話してください。まず、あなたが死体を見つけた状況から」

「は、はい。明け方、屋敷に戻ったところ、夫の姿が見当たりませんでした。寝室にいなかったのです。それでどこへ行ったのだろうと探していると、中庭で……」

「昨晩、誰かと会うような予定はなかったんですか?」

 奥さんは少しだけ考え込んだものの、すぐにかぶりを振った。真坂は夜番の同心だったが、昨日は突然仕事を休み、屋敷にいると言いだしたのだそうだ。

 話している最中、奥さんは幾度となく腕をさすった。それを白鳥は見逃さなかった。

 突然、彼女の手を掴み、引っ張ると、小さな悲鳴が美しく赤い唇から漏れ、他の同心達が呆気に取られた。

「……これは?」

 奥さんの腕には沢山のあざがあった。最近出来た物もあれば、治りかけている物、色が沈着してしまった物など様々だ。目を凝らせば首筋にもある。それを化粧で隠している。

 奥さんはその可愛らしい顔を歪め、白鳥の手を振り払った。

「何でもありません」

 嘘を隠すのが下手らしい。もちろん何かあったに決まっているのだが、白鳥はあえて質問を重ねたりせず、代わりに別のことを尋ねた。

「最近、旦那さんに客は来ませんでした?」

「客、ですか?」

 白鳥が頷くと、奥さんは可愛らしい顔を先ほどとは違った意味で歪め、顎に手を添えて考えだした。

「客じゃなくてもいいです。偶然訪問してきたとか」

「……数日前、一人おりました。名前は名乗りませんでしたが、夫と、しばらく話しこんでいる様子でした」

「どんな人です? 服装とか、体格とか、あと顔立ちなんかは?」

「……ごめんなさい。夫はそういう場にわたくしを呼ばないものですから。でも、武家の方だと思います」

「分かるんですか?」

「何とはなしの直感です。足の音がそれに近い気がしたんです」

 そういう意味で言えば、あなたは武士のように見えませんね、と奥さんはぎこちなく笑った。

 白鳥も苦笑いを浮かべた。それで奥さんの警戒心も薄れたのか、ぼそりと呟いた。

「これから、どうすればいいのかしら」

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