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第二八番隊  作者: 鱗田陽
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踊る死体④

 この河津正則という男、武芸の巧みさからか、存外人に対しては温和に接することが多く、そして彼の人柄に触れて多くの咎人が更生してきた。

 善一郎殺しに使われたと思われる梯子に関して、彼には心当たりがあった。尚且つ懸念もだ。殺しをやる奴ではないが、しかし盗みはするかもしれぬ。何か見ていれば、と淡い期待を持っていた。

 河津は、白鳥を伴ってその心当たりの場所にやってきた。煤けた長屋の一画で、引き戸には〝林田組〟などと書かれている。

「ここは?」

「林田っていう、腕の良い植木職人の家だ。以前、仕事がなかった時期にな、仕方なく盗みを働いていたところを俺とお嬢が捕まえたんだ」

 河津は、三つ又屋に残されていた梯子を小脇に抱えて、その林田組と書かれた戸を叩いた。今は夜も明けようかという時間である。一般的に考えて見れば非常識な振る舞いなのだが、職人相手ならばそれは許されるだろう。彼らの多くは日も出ぬうちから働きに出るのだから。

 ややもあって戸が開いた。その奥から出てきた若い娘に、河津は柔和な笑みを浮かべた。

「やあ」

「ああ、河津さん」

 この娘は林田組の組長である林田の娘である。父親が窃盗で捕まったあと、健気に組を守ってきた女だ。今では林田組も、二人の職人を抱える立派な植木屋の姿を取り戻したらしい。

 その軒先で、河津は眉をひそめた。

「林田はいるか?」

「え? ……ああ、河津さん、知らないのか」

「何かあったのか?」

「お父さん、亡くなったの」

 こともなげに吐かれた言葉に、河津が目をひんむいた。

まさか、そんな話は一つも来ていないぞ、とばかりに一歩にじり寄ると、林田の娘が家の中を覗きこんだ。

 それで白鳥と河津も顔を突っ込んで、狭苦しい林田組の中に場違いにも敷かれた木綿の布団を見出した。白い布をかぶせられた人間の体が横たえられている。

「死んだのは三日前。仕事中に突然ね」

 三日前と言えば、善一郎はまだピンピンと動きまわっている頃だ。白鳥と河津は素早く視線を交わした。その様子に林田の娘は怪訝な顔をしたものの、しかしすぐに河津の大荷物に気がついて声を上げた。

「お父さんの梯子!」

「ああ、この件で林田に話を聞きたかったんだがな。あの世に逝っちまっているんじゃあ聞くに聞けんな」

「それ、どこにあったの?」

「とある殺人現場に残されていた」

 河津がそっけなく返すと、林田の娘は絶句した。ぽかんと開けた口を手で覆い隠し、縋るようにして白鳥に視線を転じた。だから、この商人の次男坊は恭しく頭を下げた。もちろんのこと彼女の誤解は解かねばならない。

「お父さんが犯人ではありません。殺されたのは昨日のことですから」

「ああ、そう……。それね、お父さんが倒れた時にどこかに行っちゃったのよ」

「と言いますと?」

「作業中に突然倒れたものだから、辺りがごたごたしていたのよ。その騒動の最中に、誰かが持って行っちゃったんだわ」

 それで殺人現場にあったのか、と河津は頭を抱えた。

 これを聞いて、ますます梯子に興味が沸いた。河津は心底申し訳なさそうな顔をして、この林田の娘に梯子はしばらく預かることを告げた。

「まあ、良いけどね。荼毘に付したら、河津さんも線香を上げに来てよ」

「分かっているさ。酒も持っていく。清酒で良いだろ?」

 という感じで、白鳥と河津は疑惑の梯子を抱えたまま番所へと戻った。平野に睨まれたのは言うまでもない。

「表に立てかけておけ」

 番所の控室に持ち込もうとしたところ、己の聖域が脅かされることに恐れを抱いた平野が吠えたのだ。であるから、白鳥は持ち前の機転でこの堅物の上司を黙らせた。

「でも、もしかしたら犯人の痕跡が残っているかもしれません。野晒しにして消えてしまったらどうするのです?」

 平野は不機嫌そうに眉をひそめて、ならばそこに置いておけ、と控室の脇を指差した。

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