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第二八番隊  作者: 鱗田陽
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祭りの夜③

「ああ、立花屋さんの」

 としみじみと呟いたのは飛前屋の主人であった。

 小間物を主に扱っており、店の格式は市中の西部でも中位に値するだろう。どちらの家にとっても障害はないはずだった。むしろ利益ばかりで、両者ともに乗り気だったという。

「今度、二人を引き合わせる予定になっていたんですよ」

「……おたくの娘さんは、何と?」

「まあ、前向きでしたよ。竜雄さんは誠実ですしね。でも、こんなことになって……。竜雄さんは、まだうちの娘と見合いをする気はあるでしょうか?」

 そもそもないだろう、と白鳥は内心で返答しつつ、髪の毛を掻きむしった。

「その、竜雄さんに恋人がいることはご存知でした?」

「……ええ、まあ。でも、竜二さんがそのことは何とかするから、と言っていたんです。彼、家族のことになると少し強引なところがありますから、どうなるかなとは思っていたんですが」

「強引、ですか?」

「そうですね。奥さんが亡くなってから、息子さんには幸せになってもらいたいって。ずっと言っていました」

 その結果が強引な見合いとはお粗末な気もしたが、白鳥はあえて黙っていた。すると飛前屋の主は、少々言いづらそうに口をもぐもぐと動かした。

「それに昨日ですか……あの竜雄さん達を見ましたよ。仲睦まじそうでした」

「昨日、というと、いつくらいです?」

「日付が変わるか変わらないかという頃です。ほら、祭りが早く終わったでしょう? それで、私もあの酒盛りを途中で退席して、一足先に帰ったんです。その時に、北の長屋の方に向かうお二人を見ました。随分急いでいましたねえ」

 はあ、と飛前屋の主は溜息をついた。白鳥は膝を叩いて立ち上がり、彼に礼を言った。

 そのまま、白鳥は南の港に戻ってくる。

 後ろからは困惑気味の河津がついてきていた。彼にも一応事件のことは告げていたが、どうにも理解が出来なかったらしい。というよりも、結婚のチャンスが二回分もある竜雄に、いささかの怒りを覚えているようだった。

 昼も過ぎた頃、二人は立花屋に再び足を踏み入れた。死体はすでに運ばれていて、立花屋の従業員や近隣の住民がのろのろと店内を片付けている。

 その中に竜雄とせりの姿もあった。顔は青ざめていた。白鳥は二人に近づき、もう一度話せないか、と尋ねた。

 朝方と同じ部屋に案内される。せりはやっぱり竜雄の後ろから、恐る恐る白鳥達を窺っていた。

 白鳥は咳払いをした。

「昨日の、あなた達の行動をお聞きしたいんですが」

 竜雄の眉がぴくりと動いた。白鳥は冷淡な目を彼に向け、感情を押し殺した抑揚のない冷たい声を放った。

「未明に長屋の方へ向かうあなた方の姿を見た人がいました」

 その途端にせりが顔を覆って泣きだした。竜雄はその細い肩を抱きながら、青ざめた様子で反論した。

「それが、何です?」

「どこへ行ったんです?」

 竜雄が顔を険しくした。容疑者ということか? と無言のうちに尋ねているようだった。であるから白鳥は大きく頷き、二人が怪しいと思っていることを告げた。

「私達が父を殺したと?」

「その可能性が否定できない、というだけです」

「それはあまりに心外な話ですよ。私達には、父を殺す動機がない」

 白鳥はちらと様子を窺った。竜雄の面上は汗で光っていた。せりは顔を覆ったままだ。

「じゃ、答えられるでしょう? 昨日の晩はどちらに?」

「……祭りに出ておりました」

「何をしていました?」

「甘酒を飲んだり、辺りをぶらついたりしておりました」

 その声は苦々しげな雰囲気を保っている。白鳥はじっと竜雄を見たまま、河津に調べるように告げた。彼が出ていくのを見計らって、白鳥はそれこそ囁くように言った。

「僕も昨日、祭りに参加していたんですよ。もちろんあなたのお父さんもね。わざわざ親子で家に戻って話すことってのはなんです?」

「え?」

「竜二さんは早めに切り上げて帰って行きました。雨の中を、わざわざ濡れながら。あなた方も家に戻っていた様子。それならば、この家で鉢合わせたはずでしょう?」

「ですから、彼女のことだと……」

「一方で、未明頃、あなた方も雨の中を長屋に向かう姿が目撃されています。その翌日、竜二さんは死体で見つかった。良く分からない話ですね」

 まだ竜雄から視線を外さなかった。彼は黙っていた。その沈黙を憚ってか、せりはやっと顔を覆っていた手を離し、青ざめた様子で、か細い声を上げた。

「な、何もありません……。か、かがり火を見て、戻っただけですわ。お、お義父様に、結婚を認めていただけないかとお話をして、け、喧嘩になって――」

「もういい」

 竜雄はせりの言葉を遮り、白鳥を睨んだ。

「私達は何もしておりません。祭りを楽しんで、晩に父と話をした。けれども認められなかった、それだけです」

 ふうむ、と白鳥は唸った。それだけで家から逃げるだろうか? 

「そうですねえ。昨日は雨でしたから。かがり火も大変でした」

「え?」

「かがり火。雨で大変だったんですよ」

 と白鳥が遠い目をして言うと、竜雄はあろうことか首肯した。

「そうですね。雨の中、さぞや大変だったでしょう」

 その言葉を聞き、白鳥は二人を炯眼で射抜いた。じわっと体中に汗が吹き出し、不快な熱が頬から発せられていた。それと反比例するように、竜雄の顔がそれまでの平静さを失って青ざめた。

「あなた方、昨日はどちらにいたんです?」

「だから――」

「祭りにいたという嘘は通じませんよ。今の言葉が何よりの証拠だ」

「……どういうことです?」

「昨日、かがり火は雨が降る前に終わらせたんですよ。予定を早めたんです」

 そのそっけない言葉に、竜雄がかっと目をひんむいた。

「そんなはずはありません。父がそう言って――」

 と言いかけたところで、竜雄がはっと顔を歪めた。白鳥は目をすがめた。

「竜二さんが、そう言っていたんですか? 雨の中でかがり火が大変だったと」

「まさか……」

「正直に話した方がいい。嘘を重ねた分だけ、罪が重くなりますよ」

 竜雄は、ちらとせりを見やった。彼女は蒼白の顔を小刻みに震わせていた。歯が打ち合うこともないほどぽかんと開けられていて、目はうつろであった。

 その様子に竜雄は強く目を閉じ、呟くように言った。

「……晩のこと、父ともう一度、話をしました。でも、やっぱり認められなかった。飛前屋の娘さんと結婚させると言われて、かっとなってしまった」

 そして父である竜二を、持っていた小刀で刺したのだという。ただし、腹を一度だけ。この時、竜二は怒り狂って竜雄とせりを叩いたという。

「それで逃げて、凶器はせりの家に置いていきました。一晩、二人で話して、店に戻ってきたんです」

「そうしたら竜二さんの死体があった、と?」

 二人は揃って頷いた。白鳥は大きく息を吐き、同心達に彼らを番所へ連れていくよう告げた。もちろん素直に話すうちは丁重に扱うように、とも。

 それから随分と経ってから河津が戻ってきた。彼は微妙な顔をしていた。

「次春が見つかったみたいだ」

「……彼はどこへ?」

「関で。逃げようとしていたらしい」

 白鳥は小さく頷いた。次春は竜二の殺害を認めたのだという。

 祭りを終え、酔っぱらいながら店に戻ってきたところ、腹を刺されて唸っている竜二を発見した。それまで受けていた虐待とも称すべき出来事がぶり返し、彼は衝動を抑えきれずに台所から包丁を持ち出したのである。力の限り何度も刺し、絶命させた。

「……人は見かけによりませんね」

「見かけによる人もいるがな」

 と河津は現場で肩を怒らせている上司を見やった。確かに仁王立ちしている平野の姿は、冷厳、という言葉が似合いそうなほど恐ろしいものであった。

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