祭りの夜②
「……あ」
と、奥を覗いた瞬間に白鳥は声を上げた。そこには竜二の息子である竜雄と、若い女がいたからだ。どちらも困惑した様子だった。
「あ、どうも、白鳥屋の……」
「徳次郎です」
と竜雄に返し、白鳥は部屋に入った。平野もあとに続き、二人の第一発見者と相対した。
「ええと、この度は……」
「ああ、そんなことは良いんです。父を殺した犯人に、目星はついているんですか?」
竜雄は青ざめていた。隣にいる若い娘も同様だった。よほど死体を見たのが恐ろしかったらしい。確かに血まみれで、傷だらけだった。自分の父親の最期としては凄惨に過ぎるだろう。
「……捜査中です。それで竜二さんに強い恨みを持っている人とか、心当たりはありませんか?」
「それは……あまりに多すぎて。何とも」
「多いんですか?」
白鳥は首を捻った。白鳥が抱く竜二の印象といえば、どんな集まりに来ても亡くなった奥さんのことを話す、ちょっと気の弱い男、というような印象しかない。
けれども息子である竜雄は首を振った。
「身内には厳しいんですよ。何人が泣かされたか……」
「あなた達もですか?」
「え?」
突然の問いに竜雄が目をまん丸に見開いた。白鳥は構わずもう一度問いかけた。
「あなた達も恨みがましい気分だったんですか?」
「それは……え、ええ」
竜雄は隣にいる娘を、ちらと見た。彼女に見覚えはなかった。立花屋の従業員という雰囲気でもない。白鳥が首をかしげると、彼は気まずそうに事実を告げた。
「彼女は、僕の婚約者なんです。と言っても、父には認められていませんでしたが」
おや、と白鳥は思った。酔ってはいたが、昨晩のことは覚えている。確か竜二は、もうすぐ結婚するとか何とか言っていたはずだが……。
「差し支えなければ、その辺の事情も教えていただけませんか?」
「……彼女、せりという名前なんですが、まあ、あまり生まれが良くなくて。もっと別の、身元のはっきりした女と結婚しろ、と言われていました」
せりは青ざめた様子で面を伏せた。まあ、角度によっては美人に見える。そして立花屋のような古い家からすれば、結婚は他の家と繋がる重要な要素であるから、竜二が神経質になったのも分かる。なんたって竜雄は一人息子なのだから。
「それで、今日も父と話をしようと思って、朝方にここに来たんです」
「で、死体を見つけた?」
竜雄は小さく頷いた。白鳥がさらに質問重ねようと身を乗り出した時、部屋の襖が勢いよく開いた。同心の一人が身をかがめて、白鳥と平野に耳打ちをする。
「従業員の一人、次春が見当たりません」
白鳥は竜雄の方を見た。
「次春、という従業員に心当たりは?」
「三年ほど前から奉公している若者です」
「彼の姿が見当たらないそうなんですが、心当たりは?」
竜雄は首を振った。もちろん、せりもだ。ともかく白鳥は竜雄達にねんごろな礼を言い、部屋を出た。
その瞬間、平野は鋭い眼光を同心達に向け、その次春という男を探すようにと命じた。その一方で白鳥には別の指示を出した。
「お前は竜二のことを探れ」
「はあ」
「性格に二面性があったということは、ほぼ確実にどこかでぼろを出している。別の人間から恨みを買っていた、という可能性がないか、調べろ」
「……それは良いんですが、河津さんが見当たりませんね」
「それも探せ」
平野の言葉はあくまで冷淡だ。白鳥は肩をすくめた。致し方あるまい。やれ、というのならば、やらざるを得ないのが下っ端の辛いところだ。
河津は、一人で番所に待ちぼうけを食らっていたらしい。時間通りに来たのが災いしたというわけだ。彼は白鳥が番所にやってくると、途端にまなじりに浮かんだ涙を拭って、鼻を啜った。
「お、お前ら、どこに行ったのか分かんなくて……一人で……。うう……」
半べそのおっさんなんか見たくもない。白鳥はそっけなくかぶりを振って、聞き込みを再開した。
こういう時、実家が大店だと便利だ。実家である白鳥屋の番頭に声を掛け、立花屋の竜二の評判を聞かせてもらった。彼はうんうんと唸りつつ、その古くからある店の店主についての印象を語った。
「気を使い過ぎるほど、使っている感じですかねえ」
「何か、こう、乱暴な一面とかは?」
「滅相もない。あの人ほど大人しい人も珍しいでしょう? 女遊びはしないし、子供の教育にも熱心だった。……ああ、でも」
「でも?」
「自分のとこの人には厳しかったかもしれませんねえ。仕事は完璧に、ってのがあの人の考え方だったから」
ふむ、と白鳥は思考を鋭く回転させた。次春以外にも何人か、夜逃げ同然に逃げ出す者もいたという。それもこれも、竜二が仕事を完璧にこなし、それを他人に求めた結果だという。
「じゃ、竜二さんに恨みを持つような人は?」
「恨み? 恨みねえ……。厳しいったって、それは仕事の上ですからねえ」
番頭はあっさりとかぶりを振った。そのかわりに、とあとを続け、こう言った。
「息子さん……竜雄? あれに嫁を取るって話はうちにも来ていましたよ」
「……嫁を探せって? それとも、嫁がもういるからって紹介に?」
「前者の方。良い人はいませんかってね。あの息子さん、あんまり良い人と付き合っていないんでしょう? 頭抱えっぱなしでしたよ。で、今度飛前屋ってとこの娘さんと見合いをするんだって、おとついくらいに報告がありましたから」
白鳥は静かに頷いた。飛前屋の場所は分かる。
ひとまずは行ってみるか、と実家を出て、豆河通りの喧騒の中に戻った。そこは人が一人死んだところで、さして影響がないほど平静であった。