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第二八番隊  作者: 鱗田陽
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憧憬の決着③

 捜査は迅速に進められた。

 凶器が刀であることは明白であった。本物志向であった留吉は舞台の小道具も全て本物で揃えているようだった。直木の劇にももちろん使われ、六本の刀が用意されていた。だが、そのどれもが刃を潰してあり、人間はおろか大根も切れない有様だった。

 また、事件当夜の、腕の立つ用心棒達の居所は全て分かった。大抵は酒場にいるか、さもなければ花街で一夜を過ごしていたらしい。彼らは口を揃えて、留吉が屋敷に戻っていると思っていた、と供述した。

 これに対して直木丞之助の足取りは杳として掴めなかった。

 旅籠にいた、と彼は言ったが、夕暮れ間近に戻ってきて、すぐにどこかに行ってしまったのだと宿の連中が教えてくれた。

「疑いたくはねえがなあ」

 河津が舌打ちをしながら言った。

 白鳥は焦っていた。調べれば調べるほど、直木への疑いが強まるからだった。珍しく、平野が捜査中の二人の下にやってきて、進捗状況を聞く有様だった。報告を終えると、彼女は不機嫌そうな顔で舌打ちをし、再び豆河通りを戻っていった。

 そんなこんなで白鳥は、今、旅籠の主人に話を聞いていた。

「それで、直木さんはどの部屋に泊まっていたんです?」

「一番安い部屋です」

「安い部屋?」

「ええ、長逗留になるから、と。料金は後払いでした。劇が終わったあとに金が入るから、と言っておりました……もちろんあの方には昔、良くしていただきましたから。ツケは許容するつもりでした」

「その、殺された留吉さんとはどうです?」

「亡くなった方のことを悪くは言いたくありませんね……」

 主人はかぶりを振った。それで白鳥は彼の隣に移動して、こそっと囁いた。

「このままだと直木さんが疑われるかもしれないんです。誰か、留吉さんに恨みを持っていそうな人とかは?」

「……それでしたら、泰介というのがおりましたが」

「泰介?」

「ええ、港の方にいるゴロツキで、留吉さんに随分と金を貸しているようでした。直木さんのところにも来て、今回の劇でいくら儲けるのか、としきりに尋ねていましたよ」

「その泰介には、用心棒は?」

「そりゃもう腕が良いのが何人も」

 白鳥は暁光とばかりに飛びあがり、主人に礼を言って宿を出た。

 豆河通りを一本隔てたところまで歩いたところで、黙って後ろを歩いていた河津が、声を上げて肩を掴んできた。その表情は苦々しげである。

「お前、直木を犯人にしたくなくて、たまらないみたいだな」

「……あなた方は、彼を犯人に仕立て上げたくてたまらないみたいですね」

「あのなあ、そうやっていちいち自分の感情を捜査に注ぎ込むなよ」

 呆れた様子の河津に白鳥はむっとした。自分でも分かっている。直木に対して尋常ならざる同情心を抱いていることくらい。

 しかし、それを抑え込むほどの冷徹さを彼は持ち合わせていない。普段の犯罪者は全く知りもしない人間だからこそ、冷静な行動が取れるのだ。

 ともかく、二人は急いで港へと向かった。

 潮騒の音を聞きながら、泰介という男の根城へと行く。そこは小さな倉庫だった。明らかに札付きと分かる悪人が大汗を掻きながら荷物を運んでいる。その様子を見つつ、白鳥達は倉庫の中に足を踏み入れた。

 泰介はすぐに出てきた。壮年の、顔に大きな傷のある男だった。海の男らしく赤銅色の肌と筋骨隆々の肉体を持ち合わせている。彼に印籠を見せると、露骨に安堵していた。

「何か御用でしょうか?」

 両手を擦り合せながら腰をかがめる。その卑屈な態度と厳つい顔つきが、何だか上手いこと噛み合わない。白鳥は眉間にしわを寄せた。

「あなた、色々なところに金を貸しているみたいですね」

「ええ、まあ。税金が厳しくてですね。どうしても首が回らない連中が多い」

「留吉、という名前に心当たりは?」

 泰介は少しだけ考えてから首を捻った。

「さて、いましたかねえ」

「劇場を営んでいる男です」

「ああ、あの。直木とかいう奴を雇った」

 その口ぶりにも白鳥は腹を立てた。けれどもそれを表に出す真似はしない。何とか抑えこみ、どす黒い顔で頷いた。

「そうです。彼の元へは随分と通っていたみたいですね」

「……それが、何か?」

「彼、殺されたんですよ」

 白鳥は真剣な顔で告げた。泰介の方は寝耳に水みたいな反応で、ぎょっと目をひんむいている。違うだろう? そこはもっと強がるふりをしてくれ、と白鳥は焦る気持ちを抑えこみ、何とか言葉を吐きだした。

「あなたが人を使って殺した可能性もある。あなたの用心棒達を調べたいのですが?」 

 そう言うと、周囲のゴロツキ達の目の色が変わった。

 白鳥は、ざっとそちらを睨みつけ、そうだ、この反応だ、と手を叩きたくなった。後ろでは河津が渋い顔をしている。場は一触即発の雰囲気に陥ったものの、泰介は白々しく咳払いをし、倉庫の奥に声を掛けた。

「構いませんよ。是非とも疑いは晴らしておきたい」

 彼はそう言って用心棒達を言い含めた。

 何ともあっけない終わり方だ。白鳥の顔は蒼白になった。こうして彼の浅はかな考えは全く水泡に帰した。それはもう見事に。

 結局、こちらの用心棒達の動向も全てが分かった。

 留吉が殺された晩、泰介の倉庫は随分と忙しかったらしい。夜通しの作業になり、用心棒達ももちろん仕事に狩りだされていたという。複数の船屋から、仕事中に抜け出す暇さえなかっただろう、ということを証言されてしまった。

 白鳥は沈痛の面持ちであった。他の同心達は皆、直木を第一の容疑者として扱っていた。

「お前もさ、少しは冷静になれよ」

 と河津にさえたしなめられる有様だ。

「彼が殺すはずないのに……」

 白鳥は明らかに焦っていた。

 このままいけば直木は逮捕される。取り調べは苛烈になるだろう。剣の腕が良く、留吉を殺したいと思ってもおかしくない人間は彼だけだった。

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