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第二八番隊  作者: 鱗田陽
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忘却の英雄③

 白鳥達は番所へと戻り、過去の事件を洗った。

 二十年前、佐助が担当した最後の事件はすぐに見つかった。

 とある小児性愛者が、思い余った末に三人の子供を誘拐した。当時、これは大きな反響のある事件だったそうだ。犯人は地位も名誉も獲得した男だったからだ。彼には妻子もあり、まさかそんな凶行に及ぶとは誰も思っていなかった。

 誘拐された子供の内訳は、男の子が二人、女の子が一人だ。

 同心達が真相に辿りつき、現場に突入した時、男の子のうち一人が亡くなった。犯人と激しい戦いになり、同心の一人が誤って殺したのだという。

 子供を殺したのが佐助だった。

 白鳥と河津は顔を見合わせた。とりあえずの判断を仰ぐために白鳥が控室に向かう。平野は相変わらずそこにいて、書類に目を通していた。

「――それで、どこまで調べたものかと思いまして」

 白鳥は事情を全て話した。

 もちろんのこと、佐助の死因は薬物の多量摂取による中毒だ。医師もそれを認めた。

 であるならば、そこまで深く真相を探る必要はない。佐助が薬物を摂取するに至った経緯までは調べずに、捜査を打ち切っても構わない。

 だが、平野はかぶりを振った。

「全て調べろ」

「……佐助の汚点に行きつくかもしれません」

「構わん、調べろ。殺人の可能性が一片たりともなくなるまで」

 平野はそっけなくそう言った。

 上司の命令がそれなのだから、白鳥は溜息をついて指示に従うことにした。

 さらわれた男の子二人の素性は分からない。それほど良い身分の子供ではなかったみたいで、死んだとしても気に病むのは殺した張本人くらいなものらしい。

 何せ、生き残った方の男の子は、そのまま寺に預けられたからだ。親は迎えに来なかった。亡くなった方も別の寺の無縁仏になった。

 その一方で、唯一身元が分かった女の子の生家は、中津国でも古くからある武家だった。そもそもの事件の露見は、彼女の父親が通報したことに因るのだそうだ。

 二人は早速その家を訪ねることにした。市中の中央部に屋敷を構えており、一見しただけで格が違うと分かるのは、やたらと大きな敷地面積を石垣と塀で囲っていることだろう。汚れ一つない白壁が気の遠くなるほど伸びている。

 正門のところを掃除していた若い下男に印籠を見せて用件を告げると、すぐに中に通してくれた。

 その日、ちょうど嫁入りした娘――誘拐された少女だ――が帰ってきているのだという。

 彼らはすぐに広々とした畳敷きの部屋に通された。茶と菓子が供され、ほっと一息つく。

 程なくして廊下の方が騒がしくなったかと思うと、おてんば、という言葉が似合いそうな若い娘が転がり込むようにしてやってきた。

「佐助さんが亡くなったんですって?」

 娘は激しく息を切らし、顔を真っ赤にしながら叫んだ。白鳥は困惑しがちに頷いた。

「え、ええ」

「何故です?」

「……薬を必要以上に摂取したためです」

 娘は口を尖らせ、それからゆっくりと二人の前に腰を下ろした。よほど急いできたのか、髪の毛が乱れていた。汗を一つ拭うと、彼女はぽつりと言った。

「聞きに来たのは、あの誘拐事件のことですよね?」

「その通りです。一応、佐助さんの過去を全部洗う必要がありまして」

 娘は小さく頷いた。

「そうですか……あの日のことは良く覚えています。誘拐されて七日が経った時のことでした。それと分かるのも、私達は日に二度の食事を与えられていましたし、外の見える場所に監禁されていましたから、根気強く数を数えていればよかったんです」

「良い待遇だったみたいですね」

「……黙っていれば、ですけどね」

 娘が自嘲気味に後ろ暗い笑みを浮かべる。白鳥はそれ以上聞く気にもならず、話を続けた。

「確か、事件が起こった日、同心達が突撃したとか」

「凄い物音と怒号が響きました。すぐに誘拐犯が私達の下にやってきたんです。傷を負っていました。私達を抱きしめて涙を流していた、と思います」

「で、そのあとに、突入してきた佐助さんが誤って子供を殺してしまった……」

 そう口走った途端、娘がきっぱりと顔を上げた。

「それは違います」

「え?」

「誤って殺したわけじゃありません。実は誘拐されたあと、男は何度も私達を裸にしたんです。おそらくは、そういう趣味だったのでしょうけど、私と、もう一人の男の子には嫌悪感しかありませんでした。でも――」

 そこで娘は口ごもり、間を埋めるために茶を飲んだ。顔が蒼白に染まる。血の気の失せた指先を何度も揉みほぐし、呟いた。

「もう一人の男の子、勘助だけは違っていました。彼は、三日を過ぎたあたりから、誘拐犯に媚を売るようになったんです。誘拐犯に抱いてくれるよう縋っていました」

「勘助?」

「ええ。殺された男の子の名前です。当時五歳でした。もう一人の子も同じ歳」

 白鳥は静かに頷き、続きを促した。隣にいる河津は難しい顔をしている。娘は両手を組み、力を込めた。指先が再び真っ白になった。

「誘拐されて六日を過ぎたあたりから、二人は私達に見せつけるように、その……、行為をしました」

「そのことを、同心には?」

「言っていません。あの場で言える雰囲気じゃなかった。同心が突入してきた時、先頭を切って入ってきたのが佐助さんです。彼は一太刀の下に誘拐犯を斬りました。それで私達に、大丈夫か、と言ったんです。でも――」

 娘は喉を鳴らした。

「――でも、その時、勘助が誘拐犯の亡骸から小刀を奪って、佐助さんの腹に突き立てたんです。殺してやるって喚きながら。佐助さんも咄嗟だったんだと思います。血に濡れたまま、勘助も斬ったんです」

「……」

「でも、あれは不可抗力ですよ。勘助は本当に殺す気だった。彼は誘拐犯に惚れ込んでいたんです」

「ちなみに、生き残ったもう一人の男の子の名は分かりませんか?」

「覚えています。喜平太です。喜ぶに平らに太郎の太。勘助の親友だと言っていた」

 白鳥と河津は顔を見合わせた。

娘に、これから西部の番所に来る時間はあるか、と尋ねた。

「ええ、もちろん。下男に馬車を用意させましょう。馬の方がよろしいかしら?」

「……いえ、馬車でお願いします」

 馬に乗れない白鳥は、そっけなくそう返した。

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