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第二八番隊  作者: 鱗田陽
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大泥棒①

「……で、今日は二人で仕事というわけですか?」

「その通りだ」

 不本意そうに平野が頷いた。彼女と白鳥は、朝の日差しを浴びながら警邏を行なっていた。今は、ちょうど混雑する豆河通りを歩いているところである。

 今日も盛況で、様々な荷物がひっきりなしに行き交い、商人達が威勢のいい声を上げている。足元から砂煙が舞っている。それが日差しを受けて、きらきらと輝いていた。

 二人が微妙そうな顔をしたのは、何も仕事が面倒だからではない。ちょうどその日、近頃頻発している泥棒についての注意書きを、商家へ通達しなければならなかったからだ。

 第二八番隊にもその通達範囲が布告されたのだが、それが文字通り常軌を逸した数だったのである。通常の警邏の二倍の距離を歩かねばならず、そういう忙しい日に限って河津は腹を壊し、屋敷の厠にこもったのだそうだ。

「それで、奴を引きずり出したんだが……」

 平野は疲れた様子で反芻している。その結果、河津は本当に下半身から洪水だったそうで、あわや大惨事、だったそうだ。

 白鳥の方も、今日は二手に分かれてどうにかしようと心に決めていた手前、まさか全ての仕事が降りかかるとは露ほども思っていなかった。

 いや、二手に別れて仕事をしてもいいのだが、あとが面倒だ。平野に一人で仕事をさせると、相手が泣きじゃくったり、混乱したりするのである。理由は明白だ。平野が怖すぎるだけだ。何故かいつでも殺気を纏っていて、その険相のまま接するものだから、多くの人は恐怖におびえ、恐慌状態になってしまう。

 というわけで面倒を避けるために二人で行動している。

 昼頃になって、豆河通りの中ほどにある呉服屋にやってきた。相手が白鳥屋の次男ということもあり、店での扱いは悪くない。店の女将がちょっと休んでいきなさい、なんてことを言ってくれたから、二人は茶を貰った。

「お連れさん、美人ねえ」

 女将さんは湯気の立つほうじ茶を供し、のんびりと言う。平野はあくまで冷淡な様子で茶を啜っていた。白鳥は口をすぼませ、何も聞かなかったふりをした。

「ねえ、あなた。折角だから何か着てみないかしら? 髪の毛とかもまとめて」

「……仕事中だ」

 平野の返答はあくまでそっけない。女将さんはむずがるような顔をしたものの、夫である店主に促されて奥へと消えた。その背中を白鳥は追った。店主は申し訳なさそうに頭を下げてきた。

「すいませんね。美人に目がないんだ」

 そう言いつつ、店主は店先に飾ってあるかんざしを取ってきて磨き始めた。これがあてつけでないから、彼の人徳も素晴らしいと思う。平野は、そうした女らしい小物をまるで蔑むように横目で見ていた。

 彼女は白鳥の視線に気がつくと、すぐに目を逸らした。

「気になるなら――」

「ならん」

 ぴしゃりと言い切られ、白鳥はむっとした。だが、返すべき言葉はない。平野がそっけない態度でいる以上、無理強いすることは出来ない。店主の方も残念そうな顔をしてはいたものの、特段言葉を加えることはなかった。

 不意に訪れた沈黙が店内に広がった。茶を飲みほした平野が、溜息と共に言葉を漏らした。もうかんざしの方は見てもいない。

「――似合わんと言われたからな」

「え?」

 彼女は湯呑を店主に押しつけ、さっさと外に出ていってしまった。白鳥も慌てて湯呑を空にした。店主は豪奢なかんざしを一本持っている。日差しを浴びて金色に輝いていた。白鳥は首を振り、急いで外に出た。

 平野はもう警邏の続きを始めてしまっていた。雑踏に紛れがちな彼女の背中を追いかける。人込みをかき分けて肩を並べると、先ほどよりもずっと気まずい沈黙が二人の間に横たわった。

 人の波を押しのけるようにして歩き、白鳥は咳払いをした。怒っていても嘆いていても、気分は滅入るだけだ。とにかく話題を変えなければと必死だった。

「そ、そういえば! 泥棒といえば、結構、色んな人がいますよね。先月捕まったのは湯船野郎でしたっけ?」

「ああ、湯船に落ちて足の骨を折った奴だな」

「あと、先々月は厠男でしたっけ?」

「そうだな。厠から侵入しようとして、その家の娘にばれた奴だ」

 そう考えるとろくな奴がいない。こんな阿呆共に話の舳先を向けたところで、気分は変えられそうもない。

 白鳥は頭を抱えた。全く、泥棒の方ももっと正義感にあふれて、趣向を凝らした盗み方をしてくれればいいのに。

 ぼんやりと考え事をしていると、通行人に肩がぶつかった。慌てて頭を下げる。ふと、その男の着物の柄に目がいった。猫だ。色々な種類の猫が描かれている。それで白鳥ははっとして、平野の隣に戻った。

「……そういえば、昔、猫小僧なんてのがいましたね」

「聞いたことがないな――」

 平野も話題を維持する必要性があると気付いたのだろう。周囲にいる人達に睨みを利かせながら、首をかしげた。

「――どんな奴だ?」

「ええと、確か、悪いことをしているお金持ちから泥棒して、食うや食わずの貧乏人に与えていた奴じゃなかったでした?」

「……知らんな。いつ頃だ?」

「ええと、僕が小さい頃ですから、かれこれ二十年近く前でしょうか」

 と言ったところで白鳥は動きを止めた。考えてみれば平野は二十歳そこそこである。白鳥は二十四歳だ。たったそれだけの関係で、話題にも偏りが出る。

 そんなことを考えているうちに、いつか自分も年をとって、老人になっていくんだろうという当たり前の現実に行きついた。何だか涙が出てきそうだ。

 続きを話せ、と平野が思いのほか食い付いてきた。

「そ、それでですね、この猫小僧ってのは義賊だったんですよ。当時、汚職に手を染めていた連中が軒並み盗みに入られて、破産したんです。それくらい金目の物を奪った。あの禁裏に入ったという伝説まで残っているほどです」

 そう言いつつ、白鳥は幼い頃の情景を思い出していた。

確か、市中の至る所で猫小僧は仕事をしていた。複数人の泥棒が協力していたんじゃないか、なんて噂される始末だ。

 猫小僧の正体を知りたい連中は、かなり激しい議論と妄想を繰り返していた。白鳥の実家である白鳥屋でも、拝金主義者の父を除いた連中が議論を交わしていたものだった。

「終いには、二か所同時に盗みに入って、その家の当主を丸裸にして、豆河通りのど真ん中に置き去りにして捨てたんです」

「……趣味の悪い連中だな」

「年寄りの前で言わない方がいいですよ。無茶苦茶嫌われますからね」

 平野は肩をすくめた。

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