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第二八番隊  作者: 鱗田陽
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ツツジに誘われ④

 町奉行所の本体は市中の中央部にある。

 道場からもさほど離れていなかった。近付くにつれ日常では考えられないような騒ぎの中にあることが分かった。

 同心達が唾を飛ばしながら怒号を浴びせている。彼らの傍らでは縄でひと繋ぎにされた罪人達が列をなし、野次馬達が飛ばした小汚い野次に屈辱で顔を歪めていた。

 その同心達の中に平野と河津を見つけた。そっと近付くと、彼女達も白鳥に気がついたようだった。

「これ、何の騒ぎです?」

「詐欺事件だよ」

 河津が苦い顔で言う。その意味は何とはなしに分かった。どの罪人も恐らくは十代だろう。若く、罪の意識さえないようである。

 白鳥は静かに頷き、奉行所の中に足を踏み入れようとした。そのあとを二人がついてくる。立ち止まると二人も止まった。振り返るとそっぽを向き、口笛を吹いている。白鳥は恐る恐る平野に問うた。

「何です?」

「……部下の仕事ぶりを見分しているだけだ。さっさと仕事をしろ」

 お前こそ仕事をしろ、と言ってやりたかったが、何も言わずに再び歩き出した。

 奉行所の中も激しい騒ぎに包まれていた。白鳥が用件を告げると、応対に出てきた役人は、勝手にしろ、と叫んでどこかに行ってしまった。

 白鳥はばつの悪さを感じながら資料室と呼ばれる場所にやってきた。平野も河津もまだついてきている。そちらにも視線を向け、白鳥は目当ての資料を探し出した。

 確かにあの婚約者の男が言った通り、照蔵は一年半ほど前に淫行の罪で捕まっていた。

 被害者は当時十五歳だった、瀧という娘だ。照蔵は確実に手籠めにするため、標的に対して綿密な調査をしていたのだという。彼は十五人ほどの娘を犯したと供述した。

「……何だ、その男は?」

 いつの間にか隣に立っていた平野が声を上げた。

 白鳥は悲鳴を上げてあとじさりをする。反対側には河津がいて、彼の屈強な体にぶつかった。平野は放り捨てられた資料を空中で捕り、中身をざっと見た。

「照蔵、か。何故、こいつを調べているんだ?」

「ちょっとした情報が入ったからです。その、行方不明になっている女が殺されたんじゃないかって。それで捜査するうち、照蔵が浮かんだんです」

「なるほど……」

 平野はじっくりと文字を追っていた。その途中で、はたと手を止めた。ちょうど照蔵が最後に手籠めにした十五歳の娘、瀧の部分だ。

「河津、この女、あの中にいなかったか?」

 呼ばれた髭面の中年同心が近付く。名前と生年月日を確認し、おおいに頷いた。

「確かに、いましたね」

 白鳥は怪訝な顔をした。

「何です? どういうことです?」

「この女、心当たりがあると言っているんだ。この一件が終わったら、こちらの尋問も手伝え。人手が足らん」

 白鳥はぱっと顔を華やがせて頷いた。やっぱり一人で仕事をするのも、誰かの指示なくして働くのも性に合わない気がする。同心としては生来の下っ端気質らしい。

 その様子に、平野が怪訝な顔をしていた。

「何だ? 突然嬉しそうに」

「何でもありませんよ。ほら、行きましょう!」

 そうして平野の背中を押しながら進み、三人は奉行所の牢屋へと足を踏み入れた。

 大きな区画の牢屋二つ分に、詐欺事件に関わった若い男女が押し込まれている。ざっと三十人くらいだろう。狭さと臭さとに悪態をついていた。他の罪人と同じく牢屋の木枠を揺らし、喚き散らしている。

「瀧を出せ」

 平野が冷厳な声を上げると、牢屋の中は水を打ったように静まり返った。

 若い男女は恐れおののいているようだ。まるで鞭で打ち叩かれたみたいに苦悶の表情を浮かべ、中には泣きだす娘や、股間を抑える男などもいた。

「何をしたんです?」

「いや、抵抗する男達を叩きのめしただけだ」

 河津は念仏を唱えた。その声と響きが何故だか耳に心地よい。あの娘の瓜実顔が思い浮かんでしまう。

 すぐに瀧という名の若い娘が引きずり出された。どことなく田舎くささを感じさせる、初心そうな顔立ちをしている。

 彼女は散々喚き散らしていたが、平野の顔を見ると泣きそうに顔を歪めた。四人は近くの小部屋へと向かった。畳敷きで、尋問する空間としては一番穏当な場所だ。

 瀧は鬼を見つけた子供みたいに俯き、震えていた。真正面に座ったのが白鳥であるにもかかわらず、だ。唯一の出入り口では平野と河津が腕を組んで仁王立ちしていた。

「まあ、そう強張らずに」

「だから何度も言っているように、何も話さないよ」

「いや、詐欺のことはどうでもいいです」

 白鳥が恬淡な様子で告げると、瀧は顔を上げた。何とも男好きのしそうな野暮ったい顔をしている。白鳥が照蔵の名を告げると、その顔が泣きそうに歪んだ。

「あの人……悪い人じゃなかったのに」

「どういうことです?」

「娘達をさ、騙して抱いたって罪で裁かれたんだろ?」

「ええ、その通り。彼は昨年、亡くなりました。資料によると彼は罪を認めたそうです」

 瀧は、まだ若いのに世故に長けた表情を作った。髪の毛を掻き上げる仕草一つでさえ、男の目を引いてやまない。

 どれもこれも計算されている。着物から覗く腕、緩む胸元。自分がどうすれば魅力的な女に見えるか、彼女は熟知しているのだ。官能的に唇を舌で濡らした。

「照蔵は身代わりだよ。奴はどうしても住職に逆らえなかったんだ」

 白鳥は眉をひそめた。

「では、あなたを抱いたのは住職だと?」

「うん、そう。あいつは卑劣な男さ。照蔵を使って女達の秘め事を漁る。不倫とか、借金とか。あたしの場合は詐欺だね。そういう情報をもとに脅して泣き寝入りさせるのさ」

「承服しない人間や、弱みがない人間もいるでしょう?」

「もちろん。そういう奴には手を出さない。住職は表向きだけは良い人間を装っていたから。怪しまれることもなかった」

「あなたも泣き寝入りを?」

 瀧は鼻で笑い、指を組んで肘を机の上に乗せた。それから荘重な動作で組んだ指の上に顎を乗せ、宛然とした笑みを浮かべた。

「そう。でも、罪は全部、照蔵が肩代わりした。奴がそれで良いって言ったから、あたしもそうなるように証言したわけ。まあ、世話になってないわけじゃないしね」

「どういうことです?」

「……住職はさ、優越感に浸りたかったのさ。本当の自分をむき出しにして相手を屈服させたい。住職としての表の一面は演じているだけなのさ。偽物の姿じゃなくて、本物の、獣みたいな性欲に固められた自分を称賛されたい」

 そこで瀧は言葉を切り、まじまじと白鳥を見た。

「相手が屈服した時、戦利品を奪うのさ。それが何かは分からない。女共が身につけている物によるの。一番大事な物。髪留めとか、装飾品、あとは下着とかね」

 くつくつとした笑い声を上げる。挙げられたうちの一つに白鳥は食い付いた。

「髪留め?」

「髪の毛は女の命だからね。貧乏でも飾ろうとする奴は沢山いるよ。あたしももちろん持って行かれた。で、腹が立つわけだ」

「ええ」

「むかつくから何度も抱かれに行って、そのうち奴の戦利品を飾っている部屋を見つけ出した。あとは簡単。照蔵を使って盗ませる。住職は若い女を抱ける。照蔵は……見えない部分で反撃できる。あたしは自尊心が満たされる。全員少しずつ利を得るわけ」

「その戦利品、売るんですか?」

「馬鹿だね。足がつくだろう? 将来、住職を強請る証拠品として持っているよ」

 白鳥は机を強く叩いた。瀧の体が、びくりと震えた。

「それ、見せていただいても?」

 呆気に取られた瀧は、おずおずと頷くばかりだった。

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