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第二八番隊  作者: 鱗田陽
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時限式の殺人鬼①

「これで三件目、ですか」

 血まみれの歪な死体を目の当たりにし、白鳥は溜息をついた。彼はつい三十分ほど前まで包まっていた温かい布団を思い出し、ますます気分を落ち込ませた。

 明け方、白鳥の家に目明しが飛びこんできたのである。

 彼は息をせき切らしながら不明瞭なことを言い、白鳥の背中を押してとある場所まで引きずった。

 そこは市中の西部と中央部のちょうど真ん中あたりにある花街の一角だ。外れの方で、花街の内と外を隔てる木柵が見えていた。柵の外には古びた屋敷が密集している。かつては名家の荘厳な屋敷が立ち並ぶ一等地だったのだが、今では見る影もない。

「……首を一刀両断、だな」

 同じく目明しに連れて来られた河津が、大欠伸をしながら言った。

 その後頭部を叩く者がいる。視線を向け、白鳥は短い悲鳴を上げた。鬼の形相の平野が立っていたからだ。彼女を連れてきた目明しは立ったまま気を失っている。どうやらよほど機嫌が悪いらしく、舌打ちをしながら事件の概要を説明させた。

 それによると、ここひと月ほど頻発している遊女殺害事件の関連らしい。

「――医師の話によりますと、ええと、被害者を跪かせて、処刑をするように殺したのだとか……」

「処刑、ですか?」

 白鳥が首をかしげた。他の二件も想像を絶する剣術の冴えで殺されてはいたが、それは新しい形だ。説明していた目明しは大きく頷いた。

「ええ、飛沫血痕の位置や、首の転がり方、それから犯人の立ち位置などから、そう推測できるそうです」

 ちなみに、朝早く呼び出された医師は平野よりももっと不機嫌だったそうで、本当に瞬きをする間に仕事を終わらせ、そのまま花街に消えたのだという。

 恐らく今頃、遊女を困惑させていることだろう。朝方来たと思ったら、そのまま眠りにつく客などそうはいないだろうから。

「犯行時刻は?」

「……夜のうちだろう、と。未明から朝方までは見回りも出なかったそうで。また、この辺りは人通りも少なく、目撃者はおりませんでした」

 目明しは息継ぎもせずにそう言い、腰に帯びた水筒の中身を煽った。

「それから、見て欲しい物があるんです」

 彼は三人を死体の転がっていた場所に連れて行った。

 その一角に、不自然にも割り切りをされた区画がある。四方五歩分くらいの広さだろうか。大量の血溜と地面に付いた不自然な跡が保存されている。

 三人が揃って首をかしげると、目明しがしゃがみ込んだ。

「実は、犯人の足跡じゃないかと思うんです。ほら、ここに死体があって――」

 と熱心に説明してくれる。被害者を建物の方に向けて首を叩き斬った犯人は、その背中の方を回り、去っていったのだという。その足跡を見て、白鳥は怪訝な声を上げた。

「何だか変ですね」

「医師の話によりますと、足を引きずっていたのだとか」

「なるほど……」

 白鳥は頷いた。振り返ると、幾分か機嫌を直した平野が唸り声を上げていた。目明しがひっと息を飲み、白鳥は口を尖らせながら尋ねた。

「何か?」

「……いや、これは憶測で話すべきことじゃない」

 白鳥は頷いた。最後に死体を見ておく。

 実に決然とした太刀筋だ。一つの迷いも、そして乱れもない。真っ直ぐ綺麗に首を刎ねとばされている。

 斬られたのはあでやかな着物を身につけた遊女だ。生首となった顔は、胴体と離れたという事実を認識していないかの如く穏やかだった。犯人の腕は随一であろう、というのが河津の弁であった。

 三人は急いで番所へと戻った。帰ってきた途端、平野は資料を整理して置いている棚を漁りだす。白鳥は眉を吊り上げ、無造作に資料を確認しては投げ捨てる平野に憤慨した。

 やがて彼女は――白鳥の多くの苦労を水泡に帰して――目当ての事件に行きついた。

 白鳥は尻で彼女を押しやり、ぶつくさと文句を言いながら棚を整理しなおした。平野が不満げな顔をする。白鳥はむかっ腹を立て、鼻を鳴らした。

「何の事件か言ってくれれば、こんなに散らかさずに済んだかもしれないのに」

「いや、私も自信がなくてだな」

「それにしたって、下に捨てることはないでしょう?」

「難しいことを言うんじゃない。邪魔なものは捨てていくだけだ」

 白鳥は目をぐるりと回し、平野の手から資料を奪い取った。

「あっ! おい、何をする?」

「邪魔なんでしょう? 見なくて結構!」

 そのやり取りを聞いていた河津が思わず欠伸をして、再び平野に後頭部を叩かれた。

 欠伸を飲みこんだ拍子にしゃっくりをし、耳を指でふさぎながら、息を止めている。白鳥は資料をざっと見て、河津の前に置いてやった。

「十五年前にも同じ事件がありました。同様に遊女の首を刎ねて殺した事件が」

「……今回も同じ奴か?」

「いいえ、その犯人は捕まり、処刑されています。大戦時の処刑人だったそうです。高齢を理由に引退するまで、同心だったようですね」

「そんな奴が何で事件を?」

「資料によりますと、加害者は正常な思考を失っていたのだとか。話すのは昔の記憶ばかりで、自分が二十五歳の青年だと思っていたようです。実際には六十を越えた老人でした。思慮を失い、軽薄にも複数の男と関係を持った罪で処刑を行なったと供述したそうです」

 河津は肩をすくめた。白鳥も十五年前の事件を反芻して、かぶりを振った。

 大戦が終わって早五十年。事件当時は三十五年。その期間の記憶を全て失っていた。老人は妻や子、孫さえも認識出来なかったという。彼の記憶にある妻はもっと若く、張りのある肌をしていたことだろう。

 そして子供は小さく、孫はいなかった。目覚めたら、見知らぬ人間に囲まれ、理解の出来ぬことを言われたら少しは同情的になる。

 しかし、若い頃の意気を取り戻して人を殺すのはどうかと思うが……。

「で、それがどうしたんだ?」

 河津は両手を振り上げた。じれったそうな顔で白鳥を見る。見られた方は困惑した面持ちで上司を見、二人の視線を受けた平野は首を振った。

「同じような事件があると思っただけだ」

「……それだけ? 他の連中は市中の荒くれ者とか、剣客を当たっていますよ?」

 白鳥が不服を唱える。平野に冷眼を向けられる。途端に朗色を失って口をつぐんだ。

「全員で一つの物を調べても仕方があるまい。私達は処刑人の線を当たる」

「大戦が何年前に起こったか、分かっていますか? この事件は尋常ならざる腕前の人間の仕業ですよ?」

「処刑人も同様だ。十五年前に犯行を犯した者も六十を超えた人間だった。常識を疑え、白鳥……河津もだ」

 哀れな二人の部下は顔を見合わせ、深々と溜息をついて、ひとまずは市中の中央へと向かうことにした。

 五十年前に働いていたような年齢の奴が、一体どれほど生き残っているのだろう。

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