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第二八番隊  作者: 鱗田陽
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とある死刑囚③

 白光が肌を貫くように差し込んでいた。

 二人とも少しだけ汗ばんでいた。その道中でも白鳥はずっと思考を途切れさせること無く、平野に問いかけ続けていた。それはもちろん、あの現場でのことだ。

「でも何故、喜太郎の妻子は、彼を殺したんです?」

「……喜太郎はあまり良い人間ではなかったみたいだな。当時の聞き込みでもそれは分かっていた。妻子には殺す理由が数多あった。しかし、多介が刺したと言う以上、調べようが無かった。何よりその弁を信じたのは、誰に聞きこんでも多介と妻子の間に面識がなさそうだったということだ。口裏を合わせる余地が無いと考えられた」

 白鳥は顔をしかめた。男女間のもつれみたいな線は消えたということだろう。

「……で、我慢しきれずに殺した、と?」

「それが分からん。多介が言うには、喜太郎が何かを売ろうとして妻が反発したらしい。壁一枚のことだからな。物音を聞いて駆けつけ、現場を目撃した」

 それには首をかしげざるを得ない。白鳥は疑問を口にした。

「彼はそのあと、喜太郎の体に傷を付けているんですよね?」

「ああ、喧嘩になったと当時は自供した。奴の言い分には矛盾が無かった」

 二人は、すぐに目的の商家へとやってきた。

 まあ、二年程度の月日しか経っていないから、店が無くなっているということはなかった。平野は昨日も来たのだという。ばつの悪そうな顔を見る限り、上手く情報を引き出せなかったのかもしれない。

 入口のところで若い店員を呼び、印籠を見せて事情を告げる。すぐに店の奥へと連れて行かれた。そこでは番頭らしき男が待っていた。

「……昨日はどうも。またですか?」

 苦々しげに髪の毛を掻く平野を横目に、白鳥が一歩前に出た。

「聞きたいのは、彼女達の手荷物についてなんです。化粧台を持っていませんでした?」

「……はあ、化粧台ですか。ああ、そういえば大きな物を持っていたような」

「それ、出て行く時も持って行きました?」

「……さあ、どうでしたか。ちょっと人を呼びましょうか」

 番頭が呼びつけたのは若い女だった。

 店の裏で炊事などを担当しているようで、娘の同僚だったらしい。喜太郎の妻子が店を出て行く時にも、色々と手を回したのだという。

 それによれば、一年ほど前に市中の北にある長屋に引っ越したのだそうだ。後ろでは平野が渋面を作っていた。そこまでは聞いていなかったらしい。

 その若い女は、問いかけた白鳥に向かって頬を赤らめてはにかみ、俯いた。

「……化粧台、ですか?」

「そうなんです。出て行く時に持っていませんでした?」

「ううん、ええと、持っていなかったような……」

「捨てたってことですか? それとも誰かに譲った?」

 若い女は顎に手を添え、首を捻った。

 何だか一々動作が艶めかしい感じがする。わざと着物の袖口から白い肌を見せたり髪の毛を掻きあげたり。一体、この女は何をしているのか。白鳥が呆れ顔になると見てとるや、女は急に不機嫌そうに眉をひそめ、ぶっきらぼうに答えた。

「確か、売ったはずだよ」

「どこへ?」

「さあ? ここに出入りしている商人だと思うけど」

 白鳥は、番頭に視線を移した。彼は少しだけ考え込んで、いくつかの店の名前を上げた。そのうちの一つの名を聞いて、女が手を叩いた。

「そこだと思う。引越しの人足も、そこに頼んだのよ」

 二人は丁寧に礼を言って店を離れた。

 道中、平野はずっと難しい顔をしている。どうやら、自分の捜査の甘さに愕然としているようだ。

「人には向き不向きがありますから」

 白鳥は笑った。実際にその通りだ。平野は少し厳しいし、何より威圧的な態度を取ることが多いから、人からあまり情報を引き出すことが出来ない。

 しかし、犯罪者を相手にすれば、それが一番の武器になる。要するに適材適所。お互いに足りない部分を補えばいいのである。

「ふん」

 平野は少しだけ拗ねているようだった。まあ、毎日のように人に顔色を窺われて、怯えられるのも気分が悪いものなのかもしれない。

「手、繋いであげましょうか?」

「は?」

 平野は、そっけなく差し出された白鳥の手を見下ろして、怪訝な声を上げた。白鳥も別段の他意があったわけじゃない。失敗して落ち込んだ時は人の温もりが必要じゃないかと思ったのだ。だが、平野には必要なかったみたいだ。

「あ、何でもないです」

 慌てて手を引っ込め、後ろ手で組んだ。平野はまだ疑わしげな顔をしていた。

 次の店もそれほど離れていなかった。

 そして店主は喜太郎の妻子のことをよく覚えていた。化粧台の話をすると、彼は少しだけ寂しそうな顔になって、店の奥へと連れて行ってくれた。

 その道すがら厨房に声をかける。店主の娘が、今はその化粧台を使っているらしい。

「良い品ですから。売り物にするのも悪いかと思いましてね。喜太郎の娘にも言ってありました。あの子はいらない、って言っていましたけど、いつか取りに来る日が来る気がするんです」

 店主は、娘の部屋の前で何故か一礼して襖を開けた。

 過不足なく調度品の整った、質素な部屋だ。その一角に立派な化粧台が鎮座していた。それを見て平野は目をひんむいた。

「あれだ」

 白鳥は頷き、店主に視線を向けた。

「ちなみに、彼女達はどうして手放したんです?」

「……金が入用だと言っておりました。その、お母さんの方の調子が良くない、と」

「なるほど。ちなみに治療の当てなどは?」

「あったから化粧台を売ったんでしょうな。おそらくは診療所でしょうが」

 二人は診療所へと向かうことにした。

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