表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
第二八番隊  作者: 鱗田陽
132/228

稀代の発明④

 それから三日が経った。

 阿呆斎の体調が良くならず、その暇を埋めるために白鳥は勝手方と協力して田野屋に乗り込んだ。

 その際、今の今まで面倒事を押し付けられてきた同心達が、こぞってこの手入れに参加した。田野屋の看板どころか、店自体を解体しかねない勢いで調査をすることとなった。

 結果、店主と従業員は一人残らず逮捕され、牢屋にぶち込まれた。もはや取り調べの必要すらないにもかかわらず、憤りを発散するためだけに土蔵に放り込まれたことだけは厳然たる事実であった。

 白鳥でさえ、その時ばかりは勝手方としての経験を生かして、田野屋の財産を全て奪い尽くし、彼らが不当に搾取してきた物を返却する手続きをしたほどだ。

 幸いなことに田野屋の店主は天涯孤独だった。おかげで色々と手を尽くすことが出来た。店を売り、家財や仕事道具を売り、そして債権をも売って、少しの足しにした。

 このようにして三日を過ごしたのであった。

 勝手方の屋敷で、金儲けの為に一晩中そろばんを打ち続けていた白鳥は、朝日と共に勝手方にやってきた河津に胡乱な目を向けた。

「……よう」

「どうも。何かありました?」

 大欠伸をしながら問うと、河津は沈痛な面持ちでかぶりを振った。

「いよいよ、阿呆斎の容体が思わしくねえ」

「計画を実行できないまま、死にそうなんですか?」

 やや血の気の失った顔を河津に向ける。彼は少し涙ぐんでいるようだ。むっつりと口を閉ざし、唸り上がるような溜息をついた。

「いや、そのことで話があるんだ」

 何だか穏やかではない。白鳥は眉を吊り上げた。

 河津は困惑したような面持ちで、手に持っていた包みを畳の上に置いた。金属が重なり合うような音がしている。その中には三角錐の形状をした、不思議な突起物が三つ入っていた。稲妻発生装置の一端だった。

「これを、奴がここにおけって言うんだよ」

「これ、なんです?」

「分からん。転移装置とか、何とか……」

 白鳥は小首をかしげた。

 板張りの廊下が軋む音がして、元同僚が入ってきた。白鳥に負けず劣らず青ざめた顔をしていて、両手首に晒を巻いている。

 そろばんを弾き、筆を動かし続けた代償で腱鞘炎になったのだ。今では物を握ることさえ叶わない。ただし口は良く動き、彼の部下達は一層仕事に励む羽目になった。

 その元同僚が三つの三角錐を見て首を捻った。

「何だ、それ」

「転移装置らしいですよ」

「は? 頭おかしいのか?」

「そういう人間が作ったんです」

「……阿呆斎か」

 元同僚は嘆かわしげな顔をして、白鳥に用件を告げた。

「平野って人からの伝言だ。河原まで来いってさ。その阿呆斎が何かやるみたいだ」

 白鳥と河津は揃って頷き、転移装置に視線を移した。元同僚もそれを見て、開け放たれた包みの中に説明書が入っていることに、目ざとく気付いた。

「こっちはどうにかしてやるよ」

 二人は急いで豆河の北に広がる河原に向かった。川面が日差しを反射して、きらきらと輝いている。

 そこには人だかりが出来ていた。混乱を整理するためか、平野の鋭い声が響く。

 見物客は、その恐ろしい声と顔とに怯えて秩序を保っているようだった。川辺に沿って立っている。

「早く来い!」

 という平野に急かされつつ、白取と河津も人員整理に回った。

 どうやら阿呆斎の稀代の発明を見に、百人近くの人々がやってきたらしいのだ。中にはサクラの男もいて、集まった人達を盛り上げている。

 同心達は必死に、正気を失いつつある人々を抑えつけた。

 事態が動きだしたのは、それから間もなくだった。

 朝と呼ばれる時間帯が過ぎ、昼に向かって太陽が駆けあがる。暑さはまだたけなわを迎えてすらいなかったが、じっとりと汗ばみ、川辺の涼しさが人々の熱気を追いやってくれた。

 下流の方から、一艘の手漕ぎ舟が近付いてきた。

 人々はそれを見て、おお、と声を上げた。遠くから見ても分かる。どす黒い顔をした阿呆斎がその舳先に立っていたのだ。

 彼は満面の笑みを浮かべ、人々の歓声に応えた。

 皆、気が付いていないようだ。彼の命のともしびが消えてしまいそうなことには。

 白鳥は目をすがめた。袖から覗く腕は枯れ枝のように心もとない。吹きつける風に体が傾ぎ、漕ぎ手の男達を心配させるほどだ。

「やあやあ、皆様方、よくぞ集まってくれました」

 阿呆斎は甲高い声でそう言った。良く通る声だ。豆河の真ん中あたりにいるにもかかわらず、河原にいる人々には彼の声が聞こえていた。わっと拍手が起こった。阿呆斎はそれを笑顔でいなし、言葉を続けた。

「今日、お見せするのは、私の一番の発明でございます」

 そう言いつつ、彼は漕ぎ手に指示を出した。

 屈強な漕ぎ手が、阿呆斎の足元にあった木箱を掲げた。

 大の男が苦悶の表情を浮かべるほどの重量を持つその箱の中には、遠目で見る限り金銀が敷き詰められているようだ。

 人々がどよめいた。阿呆斎は笑いながら中身をひと掴み、川に投げつけた。きらきらと輝く何かが放物線を描いて川面に落ち、波紋を作った。我先にと野次馬達が川の中に入る。これで死ぬのは自己責任だ。 白鳥は溜息をつきながら阿呆斎を見やった。

「私は今から、この箱と共に消えることと致します。私を見つけた人に全てを差し上げましょう」

 喉を鳴らしたのが分かった。体が震え、声が涙で滲んでいる。

 だが、彼も一流だ。濡れた頬を拭うこともせず、動揺したそぶりも見せず、ぽかんと口を開けた観衆に向かって大きな声を上げた。

 懐から、河津が持ってきたのと同じ三角錐の物体を取り出す。漕ぎ手の一人が、その先端に糸のようなものをくくりつけ、あの稲妻を流す箱を起動させた。

 一瞬だった。糸を通って三角錐の物体が輝いた。阿呆斎の身体が白くまばゆい光に包まれ、澄んだ青空のど真ん中から紫電が降り注いだ。

 直撃した、と誰かが叫んだ時だった。

 阿呆斎の高笑いが周囲に響き、勁烈な光が視界を遮った。激しい爆発音が耳道を揺さぶる。人々が悲鳴を上げる。白鳥は手で庇を作り、目を細めた。耳鳴りが酷く、何の音も聞こえてこない。その上、視界は完全に白一色に染まっていた。

 光が止む。舟の上に阿呆斎の姿は無かった。漕ぎ手の男達は尻もちを突き、茫然としている。舟が揺れ、川面に波紋を作った。

 混乱から立ち直った観客が川の中を探したものの、結局、彼の体は見つからなかった。

 白鳥と河津は慌てて勝手方に戻った。

 入口のところで元同僚が困った顔をしていた。彼は白鳥達に気が付くと、すぐにあの部屋に連れて行ってくれた。

 元同僚は三角錐を均等に並べ、その先端を糸で繋いだのだという。

「そしたら、さっきこれが落ちてきたんだ」

 と言って彼が指差した先には木箱があった。三角錐の物体は黒く焦げていた。糸はあとかたもなく焼き切れている。

 箱の蓋を開けると、一番上に粗末な紙きれが置かれていた。

〝成功でございます〟とだけ書かれていた。中身はほとんど河原の石ころだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ