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第二八番隊  作者: 鱗田陽
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天下一級④

 それから二日、白鳥と河津は頭を悩ませた。

 それというのも腕が立って美人な女剣士の心当たりが、平野しかなかったからである。こんなふざけたことを素直に言うわけにもいかない。

 二人は番所の土間で、揃って頭を抱えた。

「もう平野さんに言いましょうよ」

「馬鹿。お前、決闘お見合いです、なんてお嬢に言えるか?」

「そこは言い繕えばいいじゃないですか。男の中の男が来るとか、世界一強い男がいるとか……」

「馬鹿野郎。世界一強いのは俺だよ」

「今、それを言ったって変わらないじゃありませんか」

「まあ、そうだけどよ。事実だけはきちんと伝えねえと。世界で二番目に強い奴がいるって言えばいいんだ」

 白鳥はかぶりを振った。髷を撫で、唸り声を上げる。

 その時、控室の戸が開いた。二人は勢いよくそちらを見やる。眉間にしわを寄せた平野が顔を覗かせていた。

「おい、河津はさっさと警邏に行け」

「俺だけですか?」

「……何か不満でも?」

「あ、いえ、すぐに行きます」

 河津は愛想笑いを浮かべ、庭先で薪を割っていた哀れな別の番隊の同心を引きずって警邏に行ってしまった。

 一人残された白鳥は、じっと平野を見つめる。彼女は冷厳な表情を一切崩すことなく、指を動かして、こっちへ来いといざなった。

 白鳥は顔を引きつらせたまま、ゆっくりと立ち上がった。板張りの廊下が軋む音でさえ、何故だか妙に耳ざわりだった。

 控室に入る。平野はいつもの通り机の前に座り、書類作業に没頭していた。その流麗な手並みを見つつ、入口の近くで正座をした。

「報告しろ」

「……は?」

「お前達が用もなく私の名前を出すはずがない。何か企み事があるのか、それとも、ろくでもないことに巻き込まれているのか、どちらだ?」

「いえ、そのう――」

「そもそもお前達の話し声が大きすぎる。言え、でないと土蔵に案内することになる」

 白鳥は震えあがった。それは死を意味する。どんな犯罪者も、平野と一緒に土蔵に入ったら、真実を告げたくなるものだ。

「……怒りません?」

「内容による」

「……じゃ、何も言えませんよ」

 平野は冷めた顔で机に手をつき、立ちあがった。近づいてくる。その冷たく美しい表情に息を飲んだものの、こんなくだらないことを言ったら殺されるだろう、という直感もあって、大人しく折檻を享受することにした。

 だが、平野は柔らかに、されども薄く笑みをこぼした。強張った白鳥の頬を撫で、再び机の前に戻った。その様子に白鳥は唖然とする。

「話したくないのならいい。困ったことがあれば何でも言え」

「はあ」

 白鳥は一抹の不安を抱いた。

 何という恐ろしい仕打ちだ。思わず独白が口をついて出そうである。だが自制心を強く持ち、控室を辞する。

 土間に戻ってきた時、膝から崩れ落ちてしまった。平野のあの表情は、おそらく今まで見た中で一番恐ろしいものだろう。

 そうこうしているうちに仕事を終えた。鍛錬を重ねる、という河津と別れて白鳥は一人で帰路についた。夕暮れの豆河通りは実に閑散としている。昼時の喧騒はもう無かった。

「しかし、だ。美人剣士かあ……」

 何度も荒っぽく髪の毛を掻きむしった。

 実を言うと白鳥も、ここ数日、ただ手をこまねいていたわけじゃない。市中にある道場をいくつも回り、そこにいる女性の門下生を見分した。だが、平野以上に実力と容姿を両立している人間がいないのである。

 その夜も、白鳥はちょっとだけ遠回りをして道場を確認した。女性で剣術をやる、というのも少ないし、実力がある者となるとなおさら皆無だ。

 いつものように空振りだった。今さら家に帰って自炊する気にもならず、目についた屋台に顔を出した。どうやら蕎麦らしい。他にも近くの料理屋から根菜の煮物などを仕入れているのだという。

「親父さん、適当にください」

 と白鳥は懐からいくつか金を出す。

 屋台の店主はさっと酒と煮物を用意してくれた。それを食い、酒を一口含む。酒精が体を熱する感覚に溜息をついていると、新たな客が椅子に座った。

「あ」

 白鳥は思わず声を上げた。

 そこにいたのは道場破りの男だった。毛が撫でつけられ、上品に手入れされているところを見ると、あの荒々しい風貌は道場破りの時だけするものなのだろう。

 相手も白鳥に気付き、むっつりとした顔をした。白鳥は猪口をもう一つもらい、彼の為に酒を注いだ。男は素直に礼を言った。案外育ちも悪くないのかもしれない。

「……ねえ、一つ聞いてもいいですか?」

「む、何だ?」

「どうしてこんなことをするんです?」

 男は酒を舐めるように飲み、まなじりを下げて背中を丸めた。

「……俺の家は道場だった。それで子供の頃から修業に明け暮れ、気付けば三十路を過ぎていた。親父が連れてくる女は枯れ枝のように細い。俺は人生を捧げて剣の修業をしたのだから、同じくらい剣に心血を注いだ女性と結婚したい」

 それはおそらく、この男なりの矜持みたいなものだろう。彼にだって、様々な人生の道筋があった。にもかかわらず親の都合で一つに絞られた。そして今も。

 せめても人生最後の選択として、気に入った女と結婚しようというのだ。身勝手な話だが、酒が入っていたこともあって白鳥は同情的な気分になった。

「そうですか。負ける気はありませんが、あなたの眼鏡に叶う人を連れてきますよ」

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