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第二八番隊  作者: 鱗田陽
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天下一級③

「あれは強い。私では勝ち目がないだろう」

 というのが平野の主張である。彼女も気落ちした様子で、とぼとぼと帰路についた。白鳥と河津は顔を見合わせた。

「……ちなみに河津さんは、あれをどう分析します?」

「手合わせはしたい、だが負けるのは嫌だ、だな」

「平野さんがあの男に勝つ見込みは?」

「皆無だ。殺し合いなら万に一つくらいはあるかも知れんが、稽古なら無い」

 ふむ、それほど強い相手ということだ。

「じゃあ、河津さんは?」

「殺し合いなら十中八九殺せる。稽古なら五分だ」

「……うぬぼれではなく?」

「ただの感覚だ。たぶん、こうなるだろう、っていう直感だよ」

 河津は肩をすくめた。長いこと一つの仕事をしていると、そういう直感に恵まれることがある。河津にとっては相手の実力を測ることが、それに当たるのだろう。完全には納得できなかったものの、白鳥は頷くことにした。

「……でも、あの道場破りの目的が分かりませんよね」

「腕試しじゃねえの?」

「……そうなのかなあ」

 白鳥は首を捻った。それにしてはおかしな部分がある。

 だって白鳥が通っている道場など、子供の遊びに毛が生えた程度の道場でしかない。対して平野が通っているところも、先ほど襲われた工藤道場も、市中では屈指の実力だ。

 本当に実力のある者を襲うだけならば、そういう強い道場だけを狙えばいいのに。

「何か、気になるんですよね」

「ほお、何故だ?」

「金とか、腕試しだけじゃないと思うんです。別の目的があるような……」

「どんな目的だよ?」

「分からないから調べるんですよ。真相を明らかにしたら、河津さんと戦わせます」

「あ? 何で?」

「河津さんの直感が正しいかどうか、知る必要があるからですよ」

 河津は渋面を作り、肩をすくめた。

 それから、より入念に警邏をするという名目で市中の西側をくまなく回ることにした。

 いわば道場巡りだ。やはり、あの山から降りたての獣みたいな道場破りの男に襲われた道場はいくつもあった。名うての道場では、わざわざ口を閉ざしているところもあるようだ。師範達は一様に、男の目的を腕試しだろう、と述べていた。

「……どうしてそう思われるんです?」

「道場で最も強い者を指名して、打ちのめすんですから」

 なるほど、答えは明瞭な気がする。

 大体の道場を回り、白鳥は頭を悩ませた。やっぱり腕試しにしては変な部分がある。

 市中でも有名な道場のうち、男が訪れていない場所もあった。彼らは、それだけ実力があるのだ、と自負しているようだが、素人目では平野の通っている道場と、工藤道場と、大きな力量差があるようには思えない。

「やっぱり、腕試しなんだろ?」

 河津は疲れ切った顔で、そう呟いた。白鳥は記入した横帳を睨み、頭を悩ませた。

「……でも、襲われた道場と、そうでない道場がある。有名な剣客はいくらでもいるのに、そちらには目もくれず、小規模の弱小道場にも顔を出している」

「……気が乗らなかったのか、さもなければ勝てないと思ったんじゃねえの?」

「それはありえませんよ。例えば工藤道場の師範は市中でも一、二を争う腕前です。彼を倒せれば、たぶん市中の剣客のほとんどと互角以上の戦いが出来る」

「じゃ、道場破りに行きたくねえ理由があったんだ」

「行きたくない、理由ですか。……ん? 行きたくない理由?」

「何だ? 思いついたか?」

「いや、行きたくない理由じゃなくて、行きたくなる理由を考えてみたんですが……ろくでもないところに行きつきました」

 河津が怪訝な顔を向けてきた。白鳥はこめかみを掻き、河津に耳を寄せるようにと手ぶりで示した。全く、本当にろくでもない理由だ。真実でなければいいのだが。

「もしかしたら、女性目当てだったのかもしれません」

 河津が目をひんむいた。白鳥は力なく首を振り、横帳を指差した。

「道場破りの被害にあった場所は、全て女性の門下生がいるんですよ」

「あっていない場所は?」

「まあ、色々ですが、高名な道場は全て男の門下生しかいませんね」

「……まさか。そんなわけないだろう?」

「僕も、そう願いたいです。というわけで一つ賭けをしませんか?」

 河津は眉根を寄せながら頷いた。

 彼らはちょうど豆河通りの喧騒の真っただ中に入ったところだった。そこで白鳥は道の端に寄り、顔を隠しながらよく通る声で言った。

「なあ、あんた、聞いたかい? 豆河ん所の鳥羽道場に、河津っていう美人の剣客がいるらしいな」

 河津が眉をひそめた。白鳥は顔を隠すように告げ、もう一つ声を上げた。

「これがとんでもなく腕が立つらしい。道場破りを毎晩待っているんだってよ」

 そこまで言い切ってから、二人はゆっくりと喧騒に紛れた。

 辺りは豆河通りのせわしなさに包まれてはいたものの、しかし白鳥の声は良く響いたらしく、ざわめきの中に、河津、という声が細々と聞こえてきた。

「……野次られたらお前を殴るからな」

 河津が眉を吊り上げた。白鳥は肩をすくめ、そっけなく言った。

「じゃあ、来ないことを祈りましょう」

 その晩、二人は鳥羽道場にこもることにした。

 師範に事情を告げると、大笑いをして道場を貸してくれたのだ。鳥羽道場も武士に人気の場所だ。むさ苦しい男しかいないのが玉に瑕である。

 宵を少し越えた時だった。道場の入口が微かに開いて、月明かりが差し込んだ。

 その光を遮るように人影がある。ゆっくりと中に入ってきた。道場の中は真っ暗だ。その中央で正座した河津は、道場破りの男が中に入ってくるなり立ち上がり、剣を構えた。

 男も木の棒を構えた。

 そこで明かりを持った白鳥が二人の間に割って入った。

 賭けは勝ちだ。不満げな顔をする河津を制し、白鳥はその男に一つの提案をした。

 彼は驚いた顔をしたものの、その提案には首肯し、その日は大人しく道場から去った。

「……まさかなあ」

 提案は簡単だ。三日後の晩、ここにいる河津と決闘をすること。勝利すれば腕が立つ美しい女剣士と引き合わせる。負ければ道場破りを止める、というものであった。

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