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第二八番隊  作者: 鱗田陽
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天狗④

「で、藤五郎を見た人がいないかどうか」

「……藤五郎ねえ」

 早速港の近辺で聞き込みを始めた。漁師達も、周辺に店を構える人達も、藤五郎の人柄を褒め称えはしたけれども、今のことは何一つ知らなかった。

 白鳥は近くの魚問屋に話を聞いていた。

「野郎、山から帰って来て不調続きだったからなあ」

「……と言いますと?」

「感覚が狂ったのかよ、魚が釣れねえってずっと言っていたな。昔は俺も世話になったから、魚が揚がったらいつでも来いって言っていたんだが、そのうち視線を逸らしてそそくさと逃げるようになって。最近は釣り上げていたみたいなのにさ」

「いつ頃からです?」

「……ひと月くらい前からかなあ? 毎日、荷車を引いていて、魚かって聞くと、そんな大層なもんじゃねえって首を振るんだ。あの様子じゃ、雑魚ばっかりだったのかもな」

「なるほど」

 捜査をする過程で分かってくるのは、今と昔と、藤五郎の魚を取る腕が格段に違うということだ。

 彼の腕はいつの間にか衰えて、ほとんど用をなさなくなっていた。それでも、何とかやってはいたようだ。港のさらに西でやっている地引網などに参加することもあったという。

「ちなみに、今の藤五郎の売り先って分かります?」

「いや、分からないな」

 白鳥は礼を言い、その場を離れた。

 鉱山から帰って来てからの藤五郎の動向は、実に不明瞭だった。仕事に支障をきたすほど腕が衰えていたにもかかわらず船を持ち、馴染みの魚問屋からはそそくさと逃げる。その上、昨晩の彼の動向は杳として知れず、捜査は煮詰まった。

 それで聞き込む内容を変えた。藤五郎はひと月ほど前から荷車を引くことがあったという。彼がどこへ行っていたのか、と問うことにした。

 そちらはすぐに分かった。彼は豆河通りと市中の中央のちょうど真ん中にある花街に出入りしていたという。

 昨晩赴いた場所だ。昼間の花街はしんと静まり返っている。それ以外の場所の活気と反比例するようにひと気はなく、夜の華やかさも全て失われていた。

 ひとまず近くを歩いていた哀れな若者に声を掛けた。

「藤五郎?」

「ええ、この辺りに荷車を引いて売りに来ているかと思うんですが……」

「荷車、ねえ。……ああ、山帰りの?」

「そうです。たぶん、ひと月前くらいから来るようになったと思うんですけど」

「あー、ああ、あれかな? たぶん、天狗屋かな?」

 そこの、と道の奥を指差される。そちらに視線を移し、白鳥は目をぐるりと回した。

「知っているか? 最近、有名なんだ」

 まさか昨日も来たとは言えない。白鳥は静かに頷き、男に頭を下げた。

 天狗屋の建物もひっそりと静まり返っている。何度か戸を叩き、声をかけたものの、誰かが出てくる様子はない。

 すると天狗屋ではなく、その向かいの扉が開いた。振り返ると目の下にクマを作った男が、不機嫌そうに欠伸をしながら出てきた。

「何だ?」

「あの、このお店の人は?」

「さあ? いないのは確かだろ? 何度叩いても出てこないんだから」

「どこに行ったのか、分かります?」

 男は首を振った。そのまま建物の中に戻ってしまう。

 呆気に取られた白鳥は、天狗屋の建物に寄りかかる。腕を組み、沈思する。

 そもそもの話として分からないことがある。

 彼は荷車を、この店に運びこんでいた。魚を取ることさえままならなかった彼が、何故魚を安定して取れるようになったのか。周囲に隠さなければならない物を運んでいたというのだろうか?

「まさか、天狗を卸していたってわけじゃあるまいし」

 人知れず呟いた。馬鹿馬鹿しい。他にも気になることはあった。藤五郎の船が無くなっていたことだ。売られたのか、誰かが乗って逃げたのか。

 それに死体についていた傷もそうだ。刺し傷があった。それほど深くはないが、浅くもない。服についていた血の量からして、相手も明確な殺意があったには違いない。

 分からないことだらけだな、と自嘲気味に笑った。

 花街の大通りに戻ってくると、港から追いかけてきたらしい若い漁師が白鳥に声を掛けた。河津達は藤五郎の死体と一緒に診療所へ行ったという。

 白鳥も急いでそちらに向かった。診療所に入ってすぐ、苦々しい顔をした河津と、いつも通り冷徹な表情の平野と出くわし、面食らった。二人を見れば、どうやら面白くないことが起こったらしいと分かる。

「何か?」

 白鳥が尋ねると、平野が顎をしゃくった。ちょうど処置室のところから医師が出てきた。彼は口元を覆っていた布を取ると、厳しい顔をした。

「今月に入って三十件目だ。おそらくは神経系がやられたんだろう」

「……神経毒ですか?」

「正確には麻痺、だな。腹部の一撃は致命傷にはならなかった。たぶん、先に刺されて、そのあとに麻痺を起こしたんだと思う。それで海に落ちた」

「刺し傷の具合は?」

 白鳥は怪訝な顔をしながら尋ねた。

「内臓には届いていない。出血は激しいが、これだけで死ぬ可能性はない。それから――」

 と医師は険しい顔をして唸り、舌打ちをした。

「こいつがどうかは知らないが、他の二十九件は、天狗屋という店で食事を取った人間だった」

 三人は顔を見合わせた。その唖然とした様子に、医師が口を尖らせた。

「まあ、諸君はすでに知っていることだろうがね」

 知っているも何も、実際に店に行き、飯を食った。白鳥と河津は青ざめた顔をして腹を撫でた。平野は一人余裕綽々で、解剖しろ、と医師に命じている。

「まさか……河津さん?」

「なあ、天狗って腹壊すんかね」

 二人は揃って気力を萎えさせつつ、診療所から出た。

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