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第二八番隊  作者: 鱗田陽
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化け物②

 昨日の掃除のおかげで筋肉痛だった。いや、厳密にいえば、掃除をしたのは若い衆だ。結局、本に夢中になってしまった。

「……で、僕は疲れているんですけどねえ」

 番所の土間に腰かけ、不満げな表情で河津を睨んだ。何故か、今日に限っていつもより早く来いと言われたのだ。容易に実行できるなら、きっと世の中には寝坊で悩む人もいなくなるんだろう。

「うるせえ、俺だって来たかねえんだよ」

 河津も眉間にしわを寄せ、荒々しく溜息をついた。いつもより髭がぼさぼさだ。彼も朝に弱いのである。

「じゃあ、何で呼ばれたんですか。僕の睡眠時間を返してくださいよ」

 その時、番所の入り口から咳払いが聞こえてきた。

 振り返ると澄まし顔の平野がいる。遠出をするためか、すでに草鞋を履き、神平家の紋が入った着物を身につけている。

「……河津、こいつは何を言っているんだ?」

 その声色は冷ややかだ。白鳥は思わず口をつぐみ、河津は眉根を寄せた。

「はあ、寝足りないんだそうで」

「終わったら好きなだけ寝かせてやる」

「どうせ、終わった頃には夕方とかになっているんでしょう?」

「さあな。お前の働き次第だ」 

 目的地は市中の東側だという。商業が盛んな西部、官庁が集中する中央部と比べると、田畑が広がる田舎っぽい場所だ。

 商人が目覚めてもいない朝の閑散とした雰囲気が辺りを包んでいる。白鳥は三人しかいないことを確認して、首を捻った。

「馬とかは?」

「経費削減だ」 

 苦々しい平野の表情が表す通り、市中の東部まで行くというのに、乗り物の類は用意されていなかった。

 必然的に徒歩で向かうことになる。市中は割合小さな都市ではあるけれども、西から東に移動するには時間がかかる。どう楽観的に見積もっても、単純な行き帰りだけで日付が変わるすれすれになることは予想できた。 

 白鳥は溜息をつく。旅支度は一つもしていない。見れば平野達も同様だ。どうやら今日中に終わるような用事を処理するために、膨大な時間を掛けて東部へ行かなければならないようだ。

「で、何をするかくらいは教えてもらえるんでしょうね」

 歩きだして早々白鳥が尋ねると、隣を歩いていた河津が小さな声で呟いた。

「何でも、化け物が出たらしい」

「はあ? 熊とか、狼とか?」

「いや、人間らしい」

「じゃあ、人間じゃないですか。そんなことでいちいち呼ばれるんですか? 東部の同心共は何をしているんです?」

 ここぞとばかりに不満が出てくる。平野が前を歩いているということも忘れて、白鳥は地面を蹴り、まだ寝静まっている、曙光差し込む街並みを睨んだ。

「まあ、そういうなよ。とんでもない腕力らしくてな。普段はその力を使って、川辺での荷降ろしや木挽きをやっていたらしい」

「らしいらしいって、何も分からないんですか?」

「ああ、うーん、昨日な、東部の同心から連絡があって、その男の素性なんかが知らされたんだよ。まあ、その男、昔から足が不自由らしくて、顔も、その、醜いみたいで……」

「……外見だけで化け物だと言われているんですか?」

「ああ、そうみたいだな。で、七日くらい前かな。近所の小僧が徒党を組んで、その男に殴る蹴るの暴行を加えたらしい。普段ならな、男も笑って済ませるみたいなんだが、その日に限って男の育ての親が近くにいて、乱暴を止めようとしたらしいんだ」

 何だか、あの昔話に似ているような気がする。白鳥は顎に手を添え、そんなことをぼんやりと思いながら、続きを促した。

「で、小僧共は集団だろ? 歯止めが利かなくて、育ての親まで殴ったらしい。それにはさすがの男も怒ってな。小僧の頭を掴んで、ちぎっては投げ、だ」

 物を投げるような動作をして、河津は肩を落として溜息をついた。

「男はな、そのまま自分の仕事場である森に引きこもっちまったらしい。同心が近付くと石ころとか木とかを投げ付けて、威嚇してくるんだそうだ」

「……なるほど。昔話のようにはいきませんね」

「あ?」

「いえ、こちらの話です。で、同心達も手を焼いて応援を呼びに来た、とか?」

「ご明察。暇な連中はいないか、って町奉行所で参加者を募ったら、人を斬りたくてたまらんって奴か、何をしでかすか分からん危ない連中ばかりが手を上げてな。それで困り果てた末に、うちに話が来たんだとよ」

 見れば、河津も乗り気ではないようだ。

 まあ、確かにそうだろう。何が楽しくて、化け物呼ばわりされている心優しそうな青年を逮捕しに行かなけりゃあならないのか。

 しかも、この仕事には特別手当的な物もないだろう。上手くことを運んだとして、せいぜい内々にお褒めの言葉があるか否か、という程度の瑣末な問題だ。

「でも、あの人なら嬉々として参加しそうですがね」

 ぼそりと、河津の耳元でしか聞こえない声で呟く。途端に平野が振り返り、眉間に深いしわを刻んだ険相を露わにした。

 どうやら彼女も納得はしていないらしい。白鳥はそれ以上の悪態を飲みこんだ。

「……で、その男はどんな人間なんです?」

「親不孝者ではないみたいだな。子供の頃に捨てられていたらしい。昔から腕力が強かったから、木を切ったり、育ての親の畑を耕したり」

「そんな彼が、自分の縄張りにこもって、反抗している……」

「そう。それ以外にも切った木を川に流しているらしい。川漁に出ていた漁船にぶつかって……大惨事だ」

「僕達がどうにかするんですか?」

 話を聞いているうちに、どうにも恐ろしい予感に晒されるのである。

 白鳥は、おずおずと河津を見やる。彼の方は覚悟を決めているらしい。頬を何度か叩き、気合いを入れていた。

「そうだよ。やる気出たか?」

 白鳥は大きくかぶりを振った。

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