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第二八番隊  作者: 鱗田陽
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忘れられた現実③

 雑木林では子供がいなくなっているらしい。

 草を掻き分け、枝葉をよけながら傾斜を登る。汗をびっしょりと掻き、頂上にたどり着いた時には疲労困憊だった。

 丘の頂上は不思議な雰囲気だった。たぶん寺を建てる時に頂上部分を削ったのだろう。不自然なほど平らで、本堂と墓がそれぞれある。そこからは市中が見渡せ、眼下では長屋の中で普段の生活が営まれている。

 白鳥は本堂の周りを歩きまわっていた。それなりに古びた外観ではあるが、十年も放置されていたとは思えない。地面に手をつき、一段高くなっている床の空間を覗き、階を上がって中を見る。

 そこで動きを止めた。本堂の中にじっと目を凝らす。

 血の付いた服、藁敷きの布団、異臭を放つ糞尿、食べかけの握り飯や魚、壁にはどす黒い跡があり、天井には無造作に修復された痕跡がある。とてもじゃないが放置されていた、などとは言えない。誰かが住んでいたのであろう。

 その中でも、白鳥は入口から一番遠い隅に目をつけた。床の色が違う。

 恐る恐る中に入り、奥まで進む。

 血だ。おびただしい量の血溜がそこにある。完全に乾いているようだ。暴れたのか、指で引っ掻いたような傷が壁にはついている。他にも、飛沫血痕が散っている。

 外に出る。河津は墓の近くにいた。

 辺りは一面短い芝に覆われているのに、何故か墓の一角にだけ真新しい掘り返されたような跡があった。そっと近付き、白鳥が肩を叩いた。

「……土、除けてみる覚悟はありますか?」

「ないな」

 とは言いつつも、河津は苦い顔をして足で土を払った。すぐに異変が現れた。何か柔らかいものが埋められていたのだ。二人は揃って顔を見合わせ、それぞれ二度ずつ土を掻いた。

 土の下から出てきた物を見て、もう一度視線を交わした。

「役割分担をしましょう」

「じゃあ、俺がお嬢を呼んでくる」

「僕は聞き込みに」

 二人は事務的に頷き、土を元に戻した。

 彼らが見付けたのは人の体だった。硬直してはいたものの、明らかに子供のものと分かる、藍色の着物を着た細い腕が出てきたのだ。

 急いで傾斜を駆け降り、すぐに別れた。

 白鳥は近くの長屋へと向かった。

 すぐに先ほど会った子供達の一人の家を突き止めた。どうやら素直に解散していたらしい。白鳥がやってくると、少しだけ驚いた顔をした。

 子供の隣では母親が怪訝な顔をしていた。子供は何の悪さもしていないのにうなだれている。まあ、大抵はそういうものだ。

「ちょっと彼に聞きたいことがあるんですよ。さっき、あの雑木林で行方不明になった子がいるって言っていたよね?」

「……うん」

 母親が眉を吊り上げていた。白鳥は欺瞞に満ちた笑みを浮かべ、一応言い繕っておく。

「この辺りを警邏していて、世間話をしただけなんです。それで、ちょっと雑木林の話になって、神隠しの噂があるって言うじゃないですか」

「神隠し、ですか?」

 母親が首をかしげる。おや、と白鳥は思った。子供達は固く信じていそうなのに、大人達にはピンと来ていないようだった。

「ええ、子供達が言っていましたよ」

 母親が険しい顔で睨み下ろした。子供の方はばつが悪そうだ。どうやら、彼らの間だけで取り交わされるような、秘密の会話であったみたいだ。白鳥は咳払いをした。

「で、雑木林でいなくなった子供について聞こうかと思いまして。どこの家の子かは分かりますか?」

 母も子も首を振った。その代わり子供の方が、おずおずといった感じで教えてくれた。

「あのね、向こうの方に住んでいるお爺さんが言っていたんだよ。歯がないお爺さん」

 母親は目をひんむいていた。

「なるほど。詳しい場所は分かる?」

 子供にそのお爺さんの場所を教わり、白鳥は慇懃に頭を下げ、家を辞した。

 教えてもらった場所に行こうと足を踏みだした時、少し遅れて母親が家から出てきた。振り返ると、彼女もばつの悪そうな顔をしていた。子供とそっくりだ。

「あの、私が言ったと口外しないで欲しいんですが……」

「もちろん。何か?」

「実は、そのお爺さん、あのお寺の元住職さんだと思うんです」

 白鳥は首をかしげた。母親は着物の裾を掴み、俯きがちに言った。

「十年くらい前に、殺人犯を逃がしたことがあるんです。それで、お寺が廃止されて……」

「……話が、見えてきませんが?」

「その、十年前に起こった事件、子供がさらわれて殺されたんですが、あのお寺で墓守をしていた人が捕まったんです。でも、お裁きの前に逃げ出してしまって……。元住職さんが逃がしたんだ、って噂が」

 それから母親は眉根を寄せた。

 あくまで噂としてではあるが、本当の犯人は元住職だったのではないか、と言われたこともあったそうだ。当時捜査に当たっていた同心達も、熱心に調べていたのだという。

「あの、本当に――」

「もちろんです。僕は今、あなたの独り言を偶然聞いてしまっただけですから」

 白鳥はにっこりと笑い、今度こそ足を動かした。

 その元住職とやらの家はすぐに見つかった。近所の人は一様に嫌な顔をした。どうやら十年前の事件は、人々の中ではまだ、わだかまりとして残っているらしいのだ。

 戸を叩くとすぐにいらえがあり、その粗末な家の戸が開いた。

 元住職は想像していた以上に若い初老の男だった。前歯がなく、今でも頭を剃りあげているほか、何故か袈裟を着ている。彼は白鳥を上から下まで眺めやると、忌まわしげに口を尖らせた。

「若者がなんだ、覇気のない」

「あなたと違って仕事で疲れているんですよ。一つお聞きしたいんですが、あの丘の上にあるお寺に、最近行きましたか?」

 元住職は怪訝な顔をした。

 一応の建前として、警邏の途中で雑木林に入ったところ人が住んでいるような痕跡があった、ということだけを告げた。元住職は顔を青ざめさせ、何度も首を振った。

「本当に無いんですか?」

「無い! 俺はこれから用がある。話は終わりだ」

 元住職はそのまま、肩を怒らせて去っていった。

 振り返ると鬼の形相をした平野が、通りの向こうから駆けて来るところだった。やや後方を河津がついてきている。

 他にも別の番隊の同心達が面上を蒼白に染めて、あとに続いている。他の管轄に応援に行っていたはずの連中だ。日頃の職務怠慢を密告されて、平野に引きずられてきたらしい。

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