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第二八番隊  作者: 鱗田陽
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地獄の業火⑥

 捜査は、昼を過ぎてもなお続けられた。

 同心達の間を目明しが駆けずり回っている。平野は捜査を統轄するために番所へと戻ったらしい。今は豆河通りから道を一本隔てた場所で五郎の元同僚に話を聞いている。

「五郎に恨みを持つ人間?」

「ええ、いませんでした?」

「まあ、あいつ馬鹿だからな。気に障るような発言は多かったけど、別段……いや、一人いたか」

「ほお、誰です?」

「……いや、人を疑う真似はしたくねえ」

 口をつぐんでかぶりを振る元同僚に、河津が耳元で囁いた。

「別に、そいつが犯人ってわけじゃないだろう?」

「だが、犯人かもしれない」

「五郎を殺しそうってことか?」

 元同僚は眉間にしわを寄せた。無駄なことを話してしまった、と後悔しているような顔である。苦々しげにそっぽを向こうとして、河津に首を掴まれた。

 だが、こうなった以上は河津もあとに引いてはくれない。彼は髭を半ばこすりつけるようにして顔を寄せ、耳元で、とびきり恐ろしい声で言った。

「まさかよお、お前も関わっていた、なんてことは……」

「それは……!」

「ケツ叩いてみるか? 子供もいるんだろう? 同心に目を付けられたと知られて、仕事が上手くいくと思うのか?」

 どちらが正義か分からぬ物言いだ。白鳥は呆れた顔になる。河津は悪ぶっているが、本当はやりたくもないんだろう。彼の心を汲んで、さっさと話してしまえばいい。

 その願いが効いたのか、元同僚は二人を物陰に引っ張り込み、雑踏に紛れそうなほど声を低めた。

「五郎の元雇い主の、藤兵衛さんってのがいる」

 どうやら当たりだ。逸る気持ちを抑えて、白鳥は尋ねた。

「その人が、何かしたんですか?」

「詳しくは知らないよ。だが、五郎が帰ってくるってなった時から、あいつも同じ目に合わせてやるって。かなり目を掛けていたから、裏切られた気分にでもなったのかもな」

「彼は今どちらへ?」

「港で働いている。家もその近くだ」

 二人は港へと向かった。藤兵衛、といえばすぐに場所を教えてくれた。

 高名な鳶だったようで、今は立派な船屋を建てるための土台を造っているらしい。港近くということもあって、潮騒の音が良く聞こえる。

 二人の前に現れたのは、四十がらみの白髪が混じった男だった。藤次とはあまり似ていない。年齢も離れていそうだ。

「何か?」

 不機嫌そうな顔だ。彼は時折振り返りながら、若い鳶達に罵声を浴びせかけている。だが、内容は的確そのものなんだろう。汗を流し、必死にその指示に従っていた。

「ああ。五郎についてだ」

 河津が怖い顔で言った。藤兵衛もその時ばかりは目をひんむき、浮き出た汗を手拭いで荒っぽく拭いた。

「期待に応えられなかった馬鹿者だ。あんな奴、どんな人生を送ろうと自業自得だ」

「……随分と恨みが強いみてえだな?」

「何が言いたい?」

 この藤兵衛という男もさるもので、河津が凄んでも怯む様子がない。白鳥はじっと藤兵衛の顔を見ていた。どこから崩すべきか。理詰めで行くか、それとも挑発するか……。

「何だ?」

 藤兵衛が不機嫌そうに、唸り上がるような声を上げた。それで腹は決まった。

「……あなた、最近お兄さんの異変に気が付きませんでした?」

「何故だ?」

「五郎さんは毒を飲んだみたいなんです。藤次さんは、彼の過去にも、現在にも関わりがあった。彼が殺した小梅さんも、藤次さんから薬を処方されていた。毒を扱うのも容易そうですし」

 藤兵衛はかっと目をひんむいた。白鳥の胸ぐらを掴もうとして、河津に腕を掴み返された。二人は激しく睨みあった。藤兵衛は大きく胸板を膨らませた。

「兄貴は関係ないだろう!」

「ですが、彼なら簡単に殺せます。毒を飲ませることも……」

 藤兵衛は顔を真っ赤にして反論した。

「あいつには罪の意識があった。若い娘を、純真な小梅を殺した。俺はそれを指摘しただけだ。奴が勝手に薬を全部飲んで、腹を裂いた!」

「……なるほど」

「あんた方だって分かるだろ? 人を殺した奴に、更生の余地なんかないんだよ」

「まあ、考え方次第だわな」

 と河津が返す。藤兵衛は腹立たしげに舌打ちをし、陰険な顔をしている河津を睨んだ。

「俺達を疑っているのか?」

「……兄貴の方はともかく、お前は怪しいな――」

 河津はこともなげに言った。腰から縄を取り出すと、素早く藤兵衛の手に巻きつける。彼は暴れようとしたものの、河津の腕力に屈して地面に組み伏せられた。

 河津は髭を撫で、暴れる藤兵衛の後頭部を強く殴った。

「――五郎が死んだことはともかく、奴が割腹したことは発表していない」

 藤兵衛は目をぐるりと回していた。そして、医師の話が正しければ、毒を飲んだあとの五郎に腹を裂くような時間的余裕はない。

「話を聞こうじゃねえか。それこそ腹割って、潔くよ」

 先ほどとは打って変わって、藤兵衛は青ざめた顔をしている。

 抵抗も虚しく河津に引きずられていった。若い鳶達は、ぽかんと口を開けていた。雇い主であり現場責任者でもある人間が、突然いなくなったのだから。

 白鳥は口をへの字に曲げて、彼らを見上げた。

「今日の作業は中止だそうです。きりの良いところで終えてください。それから、藤兵衛さんの家の住所を知っている人間は教えてください」

 鳶達は困惑した様子で地面に降りてきた。そのうちの一人が、親方はいつになったら帰って来るかと尋ねてきた。分からない、というのが率直な感想だ。

「関係がなければ明日にでも、あれば不明です」

「でも、この仕事は急ぎなんです」

「他の誰かに頼んでください。それで、藤兵衛さんの家は?」

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