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第二八番隊  作者: 鱗田陽
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地獄の業火⑤

 一応、診療所に向かう。五郎の亡骸はすでに検視されていて、一仕事を終えた医師が呑気にタバコをふかしていた。

 彼は白鳥に気が付くと、片方の口の端を器用に吊り上げた。

「よお、何から聞きたい?」

「最初から、全部」

「……じゃ、ご希望通りに言わせてもらうが、致命傷は毒だ。腹切りは死んだあとだな」

「何故そう言い切れるんです?」

「お前、腹を真一文字に切って、身動きしない自信はあるか?」

 白鳥は肩をすくめた。

「で、肝心の毒だが、トリカブトだな。処方された薬の包みを持っていた。飲んですぐに死んだはずだ。河津が言うには、帰って来てからずっと薬師に掛かっていたみたいだな」

「薬師……藤次ですか?」

「その通り。なんだ? お前も調べてきたのか?」

「そんなところです。で、それが何か?」

「これは俺の推測でしかないんだが、処方された薬の量が、かなり量が多かったみたいだな。それこそ全量を嚥下したら死んじまうくらいには。故意か意図的かは知らん。だが、薬師としては失格だ」

 白鳥は首肯し、それから別の質問をした。

「五年前の事件なんですが、小梅さんという女性が、五郎さんに殺されたのを覚えていますか? 彼女が老婆を殺した時もトリカブトを使ったというんですが」

「さあ? 一日何件も仕事を掛け持ちするからな。調べさせる」

 彼は見習いを呼び、五年前の検視報告書を探させた。

 何とも不幸な見習いであるが、彼は実に勤勉で、仕事にやりがいを感じているらしい。殺された小梅の検視報告書と、小梅が殺したと思しき老婆の報告書とを医師に手渡した。

 それを一瞥し、医師は溜息をついた。

「検視をしたのは俺じゃねえな。字が汚いし、報告が不明瞭だ。……ああ、だが、あるな。老婆は定期的に毒を飲まされていたみたいだ。臓器に異常があったらしい」

「何の毒かは分かりませんか?」

「……老婆が医者にかかった形跡は無し。小梅は薬師から鎮痛薬や堕胎薬を処方してもらっていたみたいだな」

「……その種類は?」

「分からん。その薬師に聞け」

「薬師の名前は?」

「……藤次」

 偶然か? 医師の方を見ると、彼は片目を瞑った。

 白鳥は目をぐるりと回し、薬師藤次の元へ向かった。

 道中で聞いた限り高齢ではあるが、まだ仕事はしているようだ。店の中には若い親子の姿がある。息子がはやり病にかかったかもしれない、というのだ。

 藤次という名の初老の薬師は、温和な笑みを浮かべて症状を聞き、薬を調合していく。

 最初は泣きながら支離滅裂なことを言っていた母親も、話しているうちに落ち着いてきたのか、受け答えがしっかりとしてくる。

 藤次は笑みを絶やさぬまま、子育ての苦労なんかを引き出しつつ、あっという間に薬を作り上げ、服用の仕方を何度も告げた。

「薬は毒にもなるからね、気を付けて」

 そう言って彼は親子を送り出し、白鳥に視線を向けた。やはり笑みは崩さない。さながら鉄壁のようだ。白鳥は印籠を見せた。

「……何か?」

「あなたの患者に、五郎さんという男はいませんか?」

「おりますとも。先ほどご婦人が教えてくださいました。亡くなられたそうですね」

「ええ、じゃあ、小梅さんという名前は?」

「さて、何人いたか……」

「五年前です」

「ああ、それなら。当時さんざん聞かれましたからね。彼女は処方された薬を老婆に飲ませていた。嘆かわしいことです。トリカブトでしたね」

「五郎さんも同じです。あなたから処方された薬を飲んで亡くなった」

 白鳥は冷静だった。じっと藤次の姿を見やる。彼も白鳥を見て、優しげに溜息をついた。

「私をお疑いなら見当違いです。私は薬師だ。国のお偉方に薬草の管理をされている。毎日いらして、帳簿や棚と睨めっこをしていますよ」

「……しかし、彼に気付かれず毒を盛ることは出来るでしょう?」

「ふふ、毒を薬にするのが私の仕事だ。もし、毒を盛るなら、処方された物ではない毒を使いますよ。少なくともトリカブトは使わない。遅行性で、私とは関わりない時に亡くなるようなものを選びます」

「ですが、五郎さんは、ここで処方された薬を飲んで死んだ」

「彼は、私の弟の件で自分を苛んでいました。彼をここに呼んだのは確かに私ですが、殺す気なんて毛頭ありません。むしろ私も、弟の心変わりに驚いて、彼から話を聞いていたくらいですから」

「弟?」

「藤兵衛といいます。五郎が鳶をしていた頃、雇い主だったのです。事件当時は五郎に同情していたんですが、いつの間か憎悪するようになって。彼が帰って来てからは、会うたびに罵倒していたみたいですね」

「五郎さんとは頻繁に会っていたんですか?」

「そうみたいです。五郎には、薬を飲んでいるうちは酒を堪えるように言っていたんですが、弟が酒場に連れ出していたみたいで……」

 体に障るんですがね、と藤次は肩を落とした。

「弟さんの心変わりのきっかけって、分かります?」

「いいえ。五郎が帰ってくる前からでしょうかね――」

 藤次は眉根を寄せた。

「――弟が殺したんでしょうか?」

「……ちなみに、五郎さんに与えた薬の量で、毒殺することは出来ますか?」

「全量を使えば。最後に処方したのが三日前ですから……理論上は可能です」

「あともう一つ。五郎の利き手がどちらか、知っていますか?」

「申し訳ありません」

 白鳥が嫌疑の目を向けていると、河津が飛び込んできた。

 彼は酒場の方へと行っていたらしい。息を切らしながら、藤兵衛という男がここ三日ほど、五郎を酒場に連れ込んでいたことを告げた。

 藤次は苦々しい顔をした。白鳥は目を伏せ、この心優しい薬師が苦しむ結果にならなければいい、と思った。

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