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第二八番隊  作者: 鱗田陽
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地獄の業火④

 次に白鳥は港へと向かった。五郎は、このひと月で三回も仕事場を変えており、短いところではわずか一日だったという。

 その中でも直近で働いていて、なおかつ一番長く続いた船屋に来た。

 港湾労働者の管理をしているのは、若い船乗りだ。船屋の商人達では、荒くれ者を抑えることが出来ないのだ。

 白鳥の話に応じてくれた男も、柔和な表情とは裏腹に赤銅の肌を持ち、丸太のような腕をしていた。

「ここでは長く続いていたみたいですね。彼は本当のことを話していたんですか?」

「あの人、五郎さんだっけ? 人殺しなんでしょう? まあ、でも、そんな連中はこの界隈にごろごろいるからねえ」

「そんなにいるんですか?」

「そりゃ、そうだよ。危険な肉体労働なんか、まともな人はやろうと思わないって。五郎さんは真面目でねえ、まあ、時々言動があやふやなところはあったけど、皆からは案外好かれていた」

「でも、彼には嫌がらせが多かった」

「うん、そうだねえ。被害者の遺族の方かもねえ。よくあるんですよ。懲役ったって、償えるのは最低限だ。むしろそこから先が問題でねえ」

 五郎にもそれが分かっていた。たぶん、鳶の道具が嫌がらせに使われていなかったとしても、彼は鳶に戻るつもりもなかっただろう。それくらい、彼は思い悩んでいたのだ。

「ここ最近、彼の動向を探っていた、みたいな人はいませんか?」

「恨みを持った人だろ? 無いよ。でも変なことはあったかも。あの人、お酒は飲めないって言ってたのに、酒場で見ることもあったって……」

「酒場?」

「あの人、豆河の北にある長屋に住んでいたみたいだけど、その辺りにも結構あるじゃない? うちの船乗り達が、たまに見かけるって」

「誰かと一緒だったとか?」

「さあ? 彼に友達がいるとは思えませんがねえ」

「……なるほど。ちなみに、彼の利き腕がどちらか、知っていますか?」

「は? ええと、すみません、よく見ていませんで」

 白鳥は小さく頷いた。一応酒場の場所を聞いておく。五郎が住んでいた長屋からはそう離れていない。ねんごろに礼を言ってその場をあとにする。

 港では絶えず建物の建て替えが行なわれている。そこかしこで普請の音が響き渡り、男達の威勢のいい声が響く。

 鳶は軽やかに足場を移動し、大工達は汗みずくで木槌を振り下ろしている。もう何年も、潮騒の音に混じって、港にはこうした音が聞こえていた。

 五郎も事件がなければ、この風景の中に居たのだろうか。

 不意に、小梅というのことが気になった。五郎は好き好んで殺人を犯す人間ではない。そうでなければ、五年も前のことに苛まれたりはしない。

 すぐさま番所にとって返し、当時の事件の調書を漁った。

 捜査に当たっていた同心は、随分とおざなりな調べ方をしていたみたいだ。小梅の素性にはほとんど触れられておらず、老婆に暴力をふるい、金をだまし取ったということまでしか書かれていない。

「……ふむ、両親は生きているかもな」

 そんなことを独りごち、とりあえず調書に記載されていた、小梅の実家を訪ねることにした。

 両親は長く商家で住みこみの仕事をしていたらしい。商家といっても問屋だ。港の方には倉庫があり、父親はそこで辣腕を振るっていた時期もあった。

 白鳥が尋ねると、店は少々活気を失っていたものの、まだ健在だった。

 店の前では荷車がひっきりなしに行き交い、港から運ばれてくる野菜などを店の中に運んでいる。

 そうした騒々しい営業風景を掻きわけるようにして、店の中に入った。愛想の良い、痩せぎすの男が、満面の笑みを浮かべながら近付いてきた。

「本日はどのようなご用件でしょう?」

 混乱を避けるために、白鳥は隠すようにして印籠を見せた。男は急に表情を曇らせた。

「ここに小梅さんという女性の両親が住んでいると思うんですが。五年ほど前に、その」

「……小梅は私の娘です」

 男が言った。先ほどまでの笑みはもうない。無表情で白鳥を見ている。

「ちょっとお話を。実は、小梅さんを殺した男が、昨日の夜に亡くなりまして」

「……そうですか。彼には申し訳ないことをしました」

 男は手ぶりで、自分の仕事を若手に任せた。

 それから、白鳥の手を引くようにして店の脇の路地に連れていく。壁面に背を預け、足元に生えた雑草を蹴飛ばした。

「小梅は……厳しく躾けたつもりだったんですが、どうにも上手くいかなかった。姉の小春は優しい子に育ったのに――」

 男は吐き捨てるように言って、壁際の汚れに視線を向けた。

「――五年前のことは思い出したくもありません。娘だけでなく、妻も亡くしました。それに、長女の小春の婚約も破棄されてしまった。あの子も家を出ました。結婚はしたと聞きましたが、今はどこにいるやら」

「……その、五郎さんに関しては?」

「恨みなんかありはしませんよ。先月だったか、うちまで謝罪に来ました。店の前で土下座をしてね、許してくれって。気にしていないって言ったんだが、小銭を入れた汚い包みを、必死に差しだして来るんですよ。受け取ってくれって」

 男は儚げに笑った。そのさまは痛々しい。彼も事件で全てを失ったのだ。

「その後、会うようなことは?」

「……何故、そんなことを?」

「彼、亡くなったと言いましたが、殺されたかもしれないんです。死体の様子を見る限り、かなり残忍な方法で。相当な恨みがなければ出来ないと思うんです」

「それが、私だと?」

 白鳥は首を振った。

「いいえ、心当たりはないかと。五郎さんは、その、嫌がらせを受けていたようなんですが、そういう関係の人に心当たりは?」

「ありませんね。あの日以来、一度も会っていませんから」

「小梅さんが生きていた頃に恋人などは?」

「それよりも浅い関係の人間なら、星の数ほど」

「……じゃあ、五郎さんの利き手を知っていますか?」

「利き手、ですか? さあ、分かりません」

 白鳥は礼を言い、この父親に五郎を殺した犯人は捕まえる、と約束した。

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