終末ノ村
小さな村がありました。
周りを山に囲まれ、人の行き来は少ないものの、大きな事件も無く、平穏な暮らしをしていました。
そんな時、村の外れにある畑で、クルの実を収穫していたベイダが、遠くのほうから歩いてくる人影を見ました。
ボロボロの服をした男が目を覚ましました。
「あ…う、こ…ここ、は?」
意識がもうろうとしているようです。
ベイダが答えます。
「ここは村長の家だ。いきなり倒れるだもの。たまげたでなぁ。でんも良がったなあ。たいしたことなかんべえよ」
安心しきった顔でそういったベイダは、再びクルの実を棒でたたき始めました。
男はしばらく何もいいませんでしたが、突然ガバッと体を起こすと、
「世話になった。すぐに行かなくては」
そう言ってスタコラと家を出ようとします。
それを見たベイダはすかさず止めに入ります。
しかし男は聞く耳を持たず、さっさと家を出ようとしながら言いました。
「時間がない。もっと人がいないところに行かないと。巻き込んではいけない」
「待たれよ」
今まで静かに座っていた村長が呼び止めます。
「わかっておる。おみゃぁさんの荷物。調べさせてもらっちょうよ。おみゃぁさん。呼び人だべな」
斜め下のほうを見ながら言いました。
男の動きが止まります。
そして、今度はベイダの体が小刻みに動き始めました。
「ほんに呼び人…?おめさん…。本当かえ?」
「ああ。そうだ。だからわかるだろ。俺がココにいちゃいけないことぐらい」
「こりゃ大変だあ」
ベイダは一目散に家を飛び出していきました。
村長と男の二人きりになった空間で、静かなときが流れました。
「ここでやんしゃい」
村長が静かに、それは静かに呟くように言葉を発しました。
その発言に驚いた男は目を見開きながら答えます。
「そんな、そんなこと、できるわけない。山を越えればもっと人のいないところだって」
話を切るようにして、村長が静かにしゃべりだします。
「なかろうもん。山、越えちょうて人はぎょうさんおりますけん。山に囲まれちょうことは、その周りを人が囲んどるわけですけん。だもん、ここでやんしゃい。」
男は少しの間、言葉が出てきませんでしたが、搾り出すようにして言いました。
「だったら、少しでも避けるために山に行って、そこで」
再び話しに割り込むように。
「それもいかんのです。山は今、目覚めとるんよ。いま刺激でもしてみんしゃい。もっとすごかことになりますけん。だもん、ここでやんしゃい」
「しかし、しかし……そんなことをしたら、ここは……」
男はどの言葉を口から出せば良いのか迷ってしましました。
「ええけん。ええけん。気にしくさるな」
ベイダが戻ってきて、明るく言います。
「みんなに話してきたがや。みんな準備をはじめちょうよ。だけん、思う存分やってくんしゃいな」
「でも…なんでそんな……」
男にはわかりませんでした。なぜこの村の人々が自分を助けてくれるのか。意味がさっぱりわかりませんでした。
「終わらせるんよ」
村長が男の求めていた答えをずばり言いました。
続けて村長が答えます。
「呼び人なんてしてはいけん。ほんに人間はひでえことを考えなすった。たった一人に背負わせるもんじゃなか」
今まで斜め下に向けられていた村長の目が、男の目に向けられました。
しわくちゃの顔にあって、その瞳は本当に綺麗でした。
「おみゃあさんも、つらかったなあ」
静けさの中にやさしさが詰まったその言葉を聞き、男は今までの人生を一瞬にして思い出しました。
みんなが助かるなら。
その思いで呼び人になり、その心、勇気に対し、盛大な祝いの席が設けられました。
しかし、それが終われば世間は冷たいものでした。
だれもが男を受け入れませんでした。
泊める宿や、家も無く、毎晩硬い地面の上で寝ました。
話しかけても逃げられ、人々は彼を孤独にさせました。
それでも彼は自分の使命を全うするため、人のいないところを求め、ココまでやってきたのです。
男は静かに目から涙を流しながら言いました。
「……はい………」
静寂が訪れて、まもなく、
「ベイダぁ!!来たっちゃー!!」
と、外から知らせが届きました。
「そら、おいでなすった。そんに行くかえ」
「ホントにいいのか?」
男が聞くと、ベイダはあっさりと答えました。
「ええけんええけん。人は人の力になれる。だけん、オラたちはみんなあんたの力だ。好きなだけ使ってええ」
それでも男は事の重大さを知っていますから、この質問をぶつけました。
「死んでしまっても……」
ベイダはさっきとほとんど同じ口調で、さもそれが当たり前だといわんばかりの軽快さで答えます。
「頭のかてえ人やがね。なんど言ったらええんよ。命は他の命のためにあんしゃい。ほれ、はよせえな。みんな待っちょうよ」
ベイダはたまらず男の手を引いて外へ連れ出そうとします。
男は最後に村長を見て、すべての思いを5文字に載せて言いました。
「ありがとう」
村長はすべてを受け取り、無言で1回、2回と頷きました。
晴れていた空がまがまがしい色へ一変し、雲が渦を巻くように村の上空へ集まっています。
部屋の中で、村長は誰かに語るようにしゃべっています。
今まで聞いたどの音よりも、気味が悪く、今にも泣き出してしまいそうな鳴き声が、周りの山に反射して、村の隅々にこだましています。
異変に気づいた山の周りに住む人々は、山のほうへ目を向けていました。
すると、上空へと伸びる光が眼に飛び込んできました。
人々はすぐに、その場所に呼び人がいたことを悟ります。
しかし、言い伝えられていた話よりも、その光はとても太く、太陽よりも輝いていました。
光は世界中を駆け巡ったと、言い伝えられています。
そして、その光を浴びた人々は、みな同じようにある言葉を聞いていました。
「犠牲の上になりとっちょう平和の、どこが平和じゃけん。あきらめちゃいかんのよ。ほんにみんなが幸せになる方法を、探さないけんのよ。繰り返すことに慣れちゃいかんのよ。いつでも心を敏感にしとかなぁ。これで終わればよか。なあ、ばあさま」