運命という名のラズベリージャム 2
おりしも今日は金曜日。
そんな金曜日に残業していた私も私だけど、仕方ないのよ。
ぶちぶちと思いつつ、あからさまに残念そうな石黒君を連れて歩く私。
何でそんなに不満そうな顔をして私を見るんだ、石黒!!
「あれで落ちなかったヤツいないのに」
って小さな声で言わなかった?ヤツって!ヤツって!!石黒、君は一体何をしてたんだ!!
「有無を言わさず押し倒しておけばよかった?でも、ヤリ方よくわかんないし」
オイオイ、石黒、駄々漏れだけど?押し倒すって、ヤリ方よくわかんないって…
もうこれは、真正だ、間違いなく真正だ。
変な汗がダラダラと流れていく。
これは無視だ、聞かなかったことにするぞ、そう思いながら駅前に向かった。
換気はされているが、モウモウと煙の上がる店内。
食欲をそそる肉の焼ける匂い。これだけでご飯が何杯いけるだろう。
でも今日はご飯よりビールの方がいい。
生ビールのジョッキを片手に焼くのはハラミとカルビとホルモン。
カルビって美味しいんだけどキツイのよね、油が。サンチュがないと食べられない。
今日みたいな日は特にね。
レバ刺しとかユッケを肴に、と思っていても件の事件でメニューに載ってないし、仕方がないからお肉をチマチマ焼きながらサンチュで巻いて食べつつ、キムチやチョレギサラダを摘んでいた。
何で焼肉屋に入ったのか、
それは駅前を歩いていたら、突然彼が「ここに入りましょう!」と言って私の手を引いて焼肉屋に入っていったからだ。
焼肉はそれなりに好きですよ、気の知れない友人と行くのはね。
こんな状況で焼肉なんて食べれっか!
とは思うけど、箸はハラミをつかんで口に入れた。
「ところで、何で私にあんなこと言ったの?石黒君、ぶっちゃけ、ゲイでしょう?」
因みにこの焼肉屋は半個室になっていて、そう簡単には話し声が聞こえないようになっている、と思いたい。
びっくりした石黒君は箸を置いてビールを飲んでから私を見る。
「面と向かって言われたのは初めてです。そうですよ、俺はゲイで、バリ受です」
飲んでいたビールを噴出すところだった。
だれもそんな、「バリ受」って言葉言わなくたっていいのに、何考えてんだ、石黒!
「俺、物心ついたときから男にしか興味がなくて、女の子と付き合ってみたけど全然駄目で、今までずっと男としか付き合ったことなかったんです」
…はぁ、さいでっか。
よくあるエピソードよね、私の友達である某オネエも似たようなこと言ってたし。
「だから、女の人に惹かれるなんて、好きになるなんて、初めてなんです!!」
持っていた箸を肉ごと落としてしまった。
思わず下を見る。肉の下に受け皿があってよかったよ。
「もう一生そんな事は無いと思っていました。最初で最後なんです!俺と付き合ってください!!」
そんな勢いよく言いながら、眼をウルウルさせて可愛くしてもね…
付き合うって…
私に付き合っている人がいないのかは確認しないのか。
「原さんに彼氏がいないのは確認済みです!お試しでもなんでもいいんです、お願いします!」
先読みされてしまった…
誰に確認したんだか…たしかに付き合ってる人はいないけどさ。
「えっと、石黒君、あのさ、その…正直、私は君がゲイだって思っていたからさ、恋愛対象外なんだよね」
某オネエだって、男らしい時からの付き合いだけど、恋愛対象に見たことは一度も無い。
「だったら、今からでもいいんです、俺をちゃんと見てください。こんな気持ちになるのは久しぶりで、どうしようもないんです、俺を…」
「俺を受け止めてください!」
せっかく持ち直した箸を、又落としてしまった…
今度は肉を持っていなかったからまだましだ。
受け止めて欲しいのは私の方だよ…
がっくりとうなだれて、力尽きてしまいそうだ。
「言っとくね、私女だからね。正真正銘、昔から心も体も女だからね」
そこのところ確認するのが遅いだろう!と自分に突っ込みつつ、これだけは確認しないとね。
「わかっています!俺も悩んだんです!」
まぁそうだよね、ゲイとして生きていこうって決めてただろうに、今更女を好きになるなんて思ってないよね。
何だか頭が痛くなってきた。
「俺が嫌いですか?」
ウルウルと目を潤ませ、まるで捨てられた子犬のように私を見ている石黒君。
「嫌いじゃないけど」
たとえ嫌いでも、こんな状況でこの子に嫌いってはっきり言える人がいたら見てみたいよ。
「じゃあちょっとずつでいいんです、俺を知ってください!!」
私の手をつかんで、熱く見つめてくる石黒君。
「はぁ…」
石黒君て意外に強引な子なのね。
何て考えながら、石黒君を蹴っ飛ばして逃避行したい、なんて考えていた。