運命という名のラズベリージャム 1
「ねぇ、抱いて」
何を言われたのか、何が起こったのか、全く分からなかった。
今ですね、ワタクシ、原紗季は、残業をしてたんですよ。
困った事に、八時過ぎても終わりが見えずに後一時間頑張って目処をつけて帰ろうと決めて、黙々と仕事をしていたんですよ。
そして、後十分ってところで、突然やってきた後輩に後ろからイキナリそんな事を言われたらフリーズするのは見えていると思いません?
その年、凄い新人が入ってきたという噂が流れてきたのは、割と早い時点だった。
その噂が普通じゃない。
新人研修で恋愛関係で同期が取り合っただとか、
研修指導をしていた先輩社員が夢中になっただとか、
配属が決まっていないうちからそんな噂が流れて、配属が決まった今プラスされた噂は、
二つ上の先輩と五つ上の先輩と諦めきれないらしい同期三人が取り合っているとか、
後輩が出来たら、五つ上の先輩が脱落してそこに後輩が一人はいってまた三人で取り合いをしているとか、
本当かどうかは定かじゃないけれど、とにかく普通じゃない噂が絶えない新人だった。
その良からぬ噂の後輩が『石黒真一』
そして、噂の相手は皆、男性だった。
最初に良からぬうわさを聞いた時は、そりゃ嘘だろ、そんなBL漫画みたいな話しあるか!ってBL漫画見たことないけど。
そういう訳で、噂は噂だと思っていたのだ。
そして、ウチの部署に配属されることになって、彼が顔を見せた時、納得した。
確かに可愛い。
私なんて完全に負けてる。負け犬ごもっとも。
…これは、受子さんだわ。
彼を見ての第一印象がこれだった。
BL用語で『受』はいわゆるネコ、ゲイで女性役をする男性のこと。
そういうBL漫画を読んでもいないのに、何故知っているのか、そういうのが大好きな友達がいて、そういう話をよくしてくれるのだ。
それにそっち系の友達が少なからずいるんだよね、何故か。
よく考えると私の友達ってコイわ。
だからって訳じゃないんだろうけど、何となくゲイな人が分かるようになっていた。
そう、私の見解では、『受』な彼は、新人でもそつなく仕事をこなす。
噂先行だった皆も彼の人当たりの良さから、いい子じゃん、って事で普通に接するようになっていた。
そんな彼も今じゃバリバリと仕事をこなし、上司にも一目置かれる存在。
私は、仕事さえしっかりしてくれれば、プライベートなことはどうでもいいので、文句はなかった。
それにそっちの友達がいたから偏見はなかったから、他の人より取っ掛かりは早かったと思う。
だからといって、他の人より仲がいいって事はなかったんだけど。
そんな事はどうでもいい、現時点の現状だよ。
たっぷり時間をかけてフリーズしてから、何とか自動解凍させて、ギクシャクとその声のする方を見ると…
鼻血が出そうになったわよ…
だってさ、石黒君がさ、ピンク色だか紫色だかのオーラ纏ってさ、スーツのジャケット脱いで、ネクタイ外してさ、何故かシャツのボタンが四つほど外れてて、そこに手を入れてさ、顔っていうか目が完全に誘っているのだ、私を。
それが、壮絶色っぽい。その色っぽさ、ちょっとでもいいから分けて欲しいよ。
それより「抱いて」って、イヤイヤ私、女ですから、どっちかって私、抱かれる方ですから。
というかさ、「抱いて」って完全に『受子』さん発想よね。
噂の粋を脱してなかったのに、完全に決定じゃん。
ってことは、私、からかわれてるの?
振り向いたところで又フリーズした私が、又自動解凍して発した言葉は、
「そ、それより、お腹、空いてない?石黒君」
だった。
気まぐれな更新になると思いますので、生温く見守ってくださいませ。