戦場から五年ぶりに帰還した騎士団長様は「君に興味はない」と愛人を連れ帰りましたが、私はこの屋敷の『真の主人』としてあなた方を追放させていただきます
「――ただいま戻った、ローザ。無事だったようで何よりだ。だが……率直に言おう。俺は君を妻として愛するつもりはない」
五年ぶりに戦場から帰還した我が夫、騎士団長ギルバートは、終戦の報告もそこそこに開口一番そうと言い放った。
五年前の輿入れの日。
初夜のベッドで「政略結婚の妻など愛するわけがない。邪魔をするな」と冷たく言い捨て、私を一度も抱くことなく翌朝には最前線へと旅立った男だ。
そして彼の傍らには、可憐なドレスを着た見知らぬ若い女性がぴったりと寄り添っていた。
「紹介しよう。彼女は戦場で出会ったシェリルだ。死と隣り合わせの過酷な戦場で俺の心を癒やしてくれた、真の愛する女性だ。今後、この屋敷の女主人の立場はシェリルに譲ってもらう。君には離れの部屋を与えるから、大人しく暮らすといい」
寄り添うシェリルは、私を見て「ふふっ」と勝ち誇ったように嘲笑を浮かべている。
(……ああ、そうですか。五年間、私がどんな思いでこの屋敷と領地を守ってきたかも知らずに)
夫が最前線で戦っている間この公爵領は財政破綻寸前だった。
先代が残した巨額の負債、荒れ果てた田畑、横領を繰り返す腐敗した執事たち。
戦場からの便りは一度もなく、冷たい言葉を残して去った夫のために、私は泣いている暇などなかったのだ。
私は髪を振り乱して帳簿を付け直し腐敗した使用人を叩き出し、荒地を開墾した。
さらに、戦場の夫たちを支えるため、領地に「軍需補給拠点」と「傷病兵の療養所」を独自に設立。血のにじむような努力で高品質の食糧と医薬品を最前線へ送り続け領地を奇跡的な大復興へと導いたのだ。
すべては、公爵夫人としての責務を果たすため。
「……ギルバート様。確認ですが、私を屋敷の主から降ろし、その方を新しい妻に据えるとおっしゃるのですね?」
「そうだ。文句があるか? ろくに働きもせず、この豪華な屋敷で優雅に待っていただけの君に、拒否する権利などない」
ギルバートは冷酷な瞳で私を見下した。
彼の中で、私は「何もできずただ家で旦那の帰りを待っていただけの地味な置物」のまま止まっているらしい。
「優雅に待っていた……ですか。ギルバート様、あなたが最前線で食べていた極上の乾燥肉や、傷を癒やした魔法ポーションが、どこから届いていたかご存じないのですか?」
「は? 軍の補給物資に決まっているだろう。君の知ったことではない」
おめでたい頭に、私はそっと溜め息をついた。
傍らに控えていた老執事に目配せをし、テーブルの上に一束の書類を叩きつけた。
「これは……なんだ?」
「ご覧の通り、この公爵領すべての『所有権移転書』と『借金返済証明書』です。五年前、あなたが戦場へ逃げ出した際、この公爵家は破産寸前でした。私は実家からの持参金と、自ら立ち上げた補給事業の利益で、その巨額の借金をすべて完済いたしました」
ギルバートが顔色を変えて書類をめくる。
「そして……あなたが一度も送金しなかったため、この屋敷の土地、建物、さらには『公爵家の紋章使用権』に至るまで、すべて私個人が買い取りました。つまり、現在のこの屋敷の『真の主人』は、ギルバート様、あなたではなく私なのです」
「な……なんだと……!? 馬鹿な、補給事業の代表は『ローズ財団』と……」
「ええ。そのローズ財団の代表こそ、私ローザです。あなたが誇らしげに食べていた食糧も、使っていた薬も、すべて私がこの領地で作って送り出していたものですよ」
ギルバートの顔からみるみる血の気が引いていく。
隣のシェリルも「え……? 公爵夫人になれないの……!?」とガタガタと震え始めた。
「ば、馬鹿な! 俺は王国最強の騎士団長だぞ! この屋敷から俺を追い出すつもりか!?」
「ええ、そのつもりですわ。私に興味がなく、別の女性を愛しておられるのなら、どうぞそのお方と共に出て行ってくださいませ」
「ふ、ふざけるな! 俺が帰ってきたんだぞ! 謝罪して撤回しろ! 妻のくせに夫に逆らうな!」
激昂したギルバートが私に掴みかかろうと手を伸ばした、その時だった。
「――我が最愛の女性に気安く触れるな、愚か者が」
低く重厚な声と共に、執務室のドアが勢いよく開いた。
現れたのは、漆黒の甲冑を纏った美しい男――この王国の『第一皇子』にして、全軍を統括した最高総司令官、ヴィンセント殿下だった。
「皇子……殿下!? なぜここに!?」
動揺するギルバートを無視し、ヴィンセント殿下はまっすぐに私のもとへ歩み寄ると愛おしそうに私の手を取り、その甲に優しくキスをした。
「ローザ、無事だったか。遅くなってすまない」
「いいえ、ヴィンセント様。ちょうどお話が終わったところです」
ギルバートは目を見開き、絶句している。
「な……なぜ殿下がローザと……!?」
「なぜ、だと?」
ヴィンセント殿下は、氷のように冷たい眼光でギルバートを睨みつけた。
「三年前、最前線の補給線が途絶えかけた際、自らリスクを冒して軍需物資を届けてくれたのが誰か、貴様は知らんのか? 私自らこの領地へ視察に訪れ、ローザと共に補給路を再構築したのだ。……貴様が戦場で呑気に女と戯れている間、ローザは私と共に、全軍の命を救うために不眠不休で戦っていたのだよ」
そう、戦時中、前線の補給を巡ってヴィンセント殿下が何度もこの領地を訪れ、私と共に汗を流してくれた。
その中で、私の手腕と生き様を高く評価してくれた殿下と、自然と強い信頼関係……そして愛が芽生えていたのだ。
「ギルバート騎士団長。いや……元・騎士団長と言うべきか」
殿下は冷徹な宣告を下した。
「貴様は戦場での軍規違反、および妻の功績を無視した横領・不貞の罪により、本日をもって騎士団長の職を解任する。……そして、ローザ公爵夫人との婚姻は、初夜もなく婚姻の実態がないこと、および貴様の不貞が証明されたため、国王陛下の御名において今この瞬間をもって『完全無効』と決定した」
「か、離縁……!? 俺の地位も、名誉も……!?」
「さらに、ローザが肩代わりした巨額の借金の返済命令が出ている。全財産を没収の上、貴様とそこの女には鉱山での強制労働を命じる」
「ひっ……! 嫌よ! 私は公爵夫人になって贅沢ができるって聞いてついてきたのに!!」
シェリルが悲鳴を上げギルバートを激しく突き飛ばした。
「おいシェリル! 君は俺を愛していると言ったじゃないか!」
「ハァ!? 金も地位もないただのおじさんに用なんてあるわけないでしょ! 最低!」
「貴様、俺の命の恩人じゃなかったのか!?」
「ただの怪我の手当でしょ! 勘違いしないでよ!」
醜く擦り付け合い罵り合う二人。
かつて「冷酷無慈悲な騎士団長」と恐れられた男の面影はどこにもなく、ただの惨めな罪人の姿がそこにあった。
「連れて行け」
殿下の冷徹な命により二人になすすべもなく縄がかけられ、泣き叫びながら屋敷から引きずり出されていった。
二人は一生、過酷な鉱山で互いを憎み合いながら生きることになるのだろう。
◇
騒がしい嵐が去り静けさを取り戻した豪華な執務室。
「……ローザ。嫌な思いをさせたな」
ヴィンセント殿下が優しく私の肩を抱き寄せた。
「いいえ、ヴィンセント様。胸がすっといたしましたわ。あの方のために耐えていたわけではありませんが……これで本当に、私は自由になれたのですね」
「ああ、自由だ。……だが、ローザ。もし叶うなら、その自由を私に預けてはくれないか?」
殿下は真摯な瞳で私を見つめ、少し照れたように微笑んだ。
「五年間、君がどれほど一人で戦い、この領地と兵士たちを守ってきたか、私は一番近くで見ていた。君のその強さも、優しさも、すべてを愛している。私と本当の家族になってほしい」
初夜もなく、冷たい言葉を投げかけられて始まった悲しい結婚。
けれど、耐え抜き己の力で未来を切り開いた先には、こんなにも温かい愛が待っていたのだ。
「……喜んで、ヴィンセント様。今度こそ、幸せになりますわ」
私は殿下の胸に静かに飛び込み、満開の花々が咲き誇る窓の外を晴れやかな笑顔で見つめたのだった。
短編ひさしぶりです。




