善人という概念が日米でどう違うか
残念賞。
日本の神々にとって残念なことだが、日本人はほとんどシフトできない可能性がある。シフトは選択なので、本人たちは別に残念ではない。
シフトするには、善人でありさえすればよい。だから、よっぽどの悪人でなければシフトできる、というのがFOTのカバムールの言い方だ。
そして、実際にアメリカ人はかなりの割り合いでシフトするだろう。カバムールは、アメリカ人のことを言っている。
つまり、彼らのほとんど、まず6割はプロテスタントの敬虔なクリスチャンなのだ。そのうち、半分は主流派で半分は福音派だが、たいていはガチの善人だ。
日本人はほとんど知らないが、アメリカ人は様々なタイプがいて、そしてガチの善人もいる。このガチの善人は日本にもいてキリスト教を布教している。
しかし、そんな日々善行を奨める人々がそんなにたくさんいるとは、日本人は想像できないだろう。いっぽう日本はどうか。
最近は米国内でも日曜に教会に行く率も減ってきている。これは、アメリカ人が敬虔で善人でなくなっている、わけではない。
むしろ逆だ。教会にいってもダメだ、聖書に回帰しよう、という流れなのだ。だから、内面の善性をさらに加速させている。
それを、多くの人が共有している。聖書をこう解釈したほうがいい、という話をオンラインで共有している。優れた、キリストの真の言葉、真理に近い解釈がどんどん出てくる。
これは主に福音派、携挙が本当に起きると信じている宗派だ。プロテスタント主流派は、科学的な立場の宗派で聖書の内容は比喩であると解釈しているが、信者数も徐々に減らしている。
福音派は10%が強く携挙を信じ、13%がゆるく信じる。共和党支持者の多くが福音派であり、それによってトランプが当選した。
北米の地方農村、保守派、共和党、福音派である。いっぽうは、北米の都市部、リベラル、科学主義、民主党、プロテスタント主流派だ。
けっこうきれいに別れている。そして、敬虔でないクリスチャンは悪かというと、そうでもない。もちろん、サタニストは少数いる。
がっつりタトゥーが入っていて、頭が悪そうな老若男女のアメリカ人も、本人はいい人である場合がけっこうある。
いや、そういう人がふつうにふつうの会社で働いている。だから、見た目はあれだけど内面は善人、というのが結構いるのだ。
私は合計6年ほどアメリカで暮らすことができたので、体験的にそういうことを知っている。では、その何倍か暮らした日本はどうか。
結論からいうと、日本の善人と米国の善人は180度違う。日本の善人は、天皇を敬う人である。あるいは、天皇嫌いの人にとっては天皇に反発する人である。
だから、内面の善性など関係ない。空気を読んで、権威を優先する人が善人とされている。その権威が天皇なのか、共産主義なのか、あるいは他の教祖なのかの違いだ。
だから、誰かが本当に困っていても、権威がそれを嫌っていたら、空気を読んで助けない。
アメリカの特に田舎の地方農村は、そういう権威や空気はない。だから、誰かが困っていたら、内面が善のひとはふつうにそれを助ける。
そして、銀河連合が観ているのは、当然に内面の善性だ。新地球には天皇はいない。新地球には権威はない。
だから私は、日本人はシフトできるんすかね?とカバムールに今すぐにでも尋ねたい。しかしおそろしくて聞けない。
土壇場になったときに、権威と善を天秤にかけて、善をとれる日本人はいったいどれだけいるか?たぶん善をとれば命の危険まである。そこで善をとれるのか。
私は、善をとる。いや、自信はない。その場面になって、実際に直面してみないとわからない。おしっこ漏らして権威をとるのか。崇高な死を迎えるのか。
そこで権威を選ぶ者は、ふつうに考えたらシフトせずに3次元に留まる。なぜなら3次元が権威を選択できる世界だから。
あ、おまえそうなのか、じゃあこっちの世界に行け。となるわけだ。日本人は、進捗はゼロではない。本当に少しずつだが、政治的にも目覚めてはいる。
しかし、世界の動きと比較すると、圧倒的に遅い。圧倒的に目覚めのスピードが遅いように、私には見える。そして、その現状を、日本人は他国に触れられないので、知らない。
日本人だけが、世界の最新の状況を知らない。そして、メディアはリベラルなので伝えない。そういった主に保守派の最新の動きは伝わらない。
だから、実際にシフトが起きてどういった割り合い、人数なのかは確定していない。だが、思ったより少ないということを、覚悟しておいたほうがよい。
米国人は1億7千万ほどシフトしていて、日本人は40から50万しかいない、ということが現在の状況を考慮するとあり得る。
そして、目覚めというのは時間がかかる。一瞬で目覚める部分もあるが、時間をかけて作っていく部分もある。このへんの塩梅は、悟ったひとでないと分からない。
最後の最後に仮に日本人が大量に目覚めたとして、1日ふつかでアメリカ人に追いつくことはできない。
アセンションや目覚めは競争ではないが、民族間でかなりの差がつくことは覚悟しておく必要がある。
アメリカはプロテスタントの国であり、プロテスタントは携挙を信じる宗派だ。それら宗教的議論をアメリカ人は日々真剣にやっている。
日本人は、携挙などといったことを非科学的としてキチガイ扱いする。人間性に圧倒的な違いが出る。




