婚約破棄はお膳立て
数ある中から作品を選んでいただきありがとうございます!
アルヴィンはベルクフェルト男爵家の三男である。
機転の利く冷静な長兄、お洒落で陽気な次兄、そして平凡な三男だった。
そんなアルヴィンも貴族の通う学園に通い始める。
学園には、目を奪われるほど容姿端麗な令嬢や、儚げで可愛い令嬢も多い。
そんな令嬢たちの熱い視線の先には、精悍な顔立ちの令息に、格上の家門の令息たち。
彼女たちの視界に、アルヴィンが入ることはない。
入学から数ヶ月後──。
父である男爵に、「次の舞踏会に出るように」と命じられた。
“社交デビュー”はベルクフェルト家にとって、一世一代の大仕事。
胸が潰されそうなほどのプレッシャーと不安が、アルヴィンの全身を襲った。
冷や汗に胸の苦しみを感じ始め、指先が冷たくなった。
近くにいた兄たちは拍手を送り、アドバイスをくれた。
長兄のリーヴァルから、貴族マナーを徹底的に教え込まれた。
アルヴィンが一つ行うと、リーヴァルから二つのアドバイスが返ってきた。
アルヴィンは戸惑う。リーヴァルは静かにその所作を眺めていた。
それまで流暢だった説明も、途中でリーヴァルは言葉を詰まらせた。
アルヴィンの瞳に影が差し始める。
褒めて伸ばす方法へとシフトチェンジしていった。
次兄のエイリクは、服飾師と一緒に、何度もサンプルとアルヴィンを見比べている。
流行りのものに寄せながらも、アルヴィンの雰囲気に合うものを時間をかけて探しあてた。
そのあいだ、アルヴィンは汗を掻きながら、笑顔を貼り付けていた。
それから花の名前や花言葉も覚えさせられた。
人付き合いを得意とするエイリクらしい助言だった。
社交が得意ではないアルヴィンはお世辞を並べ立てるより、花の話をしている方が、まだ好印象。
エイリクは短い準備期間でそう判断したようだった。
覚えられたことは少ない。思わず弱音を吐くアルヴィン。
そこへ「お前の良さは、その誠実さだ。心配するな」とエイリクから激励された。
舞踏会当日には、玄関でほぼ全員──使用人、リーヴァル、エイリク、そして両親に見送られた。
温かい言葉をかけられながら、馬車に乗った。
馬車の中で汗ばんだ手を見つめながら、挨拶の言葉を何度も繰り返した。
社交ダンスどころか挨拶で台詞が何度も飛びそうになる。血が逆流するように心臓が大きく鳴り続けていた。
次の日、自室のベッドの上で目が覚める。
アルヴィンは舞踏会が終わったことに気づいた。 顔を緩ませて穏やかな気持ちで、もう一度眠り込んだ。
そして数日後──。
なんと吉報が来た。
使用人は封筒を握りしめて、男爵の執務室へ走っていく。
しばらくしてアルヴィンが呼ばれると、「リンドウィル家からお茶会に誘われてた」と告げられた。
アルヴィンは何度か瞬きして、口を噤んでいる。父は首を傾げた。
「フレイヤ嬢のことは覚えていないのか?」
フレイヤ・リンドウィル。
きらめく水色の髪が印象的な、綺麗な女の子だった。
アルヴィンは二つ返事だった。
あの日、唯一まともな会話が出来たと脳裏で思い出していた。
自分がなぜ選ばれたのかは疑問だった。
それでも彼女は何度も会ってくれた。
彼女の話はいつも面白い。それに自分の話も、重要な話のように視線をそらさずに聞いてくれた。
一緒にいて楽しかったし、彼女も楽しんでいるように見えた。
気がつけば彼女の姿を何度も思い出した。
詳しくない花やお菓子を調べる。
彼女の喜ぶ姿を想像して顔を綻ばせた。
こんな魅力的な彼女を気にならない人などいない。
そう確信したアルヴィンは、これが恋なのだと気がついた。
アルヴィンは、フレイヤにも両親にも初めて自分の気持ちを口にした。
それは一方的な感じ方ではなく、彼女もそう思っていたようで、程なくして婚約が決まった。
両家はこれまでにないほど、穏やかで円満な顔合わせとなった。
その後も変わることなく、何度も会った。
アルヴィンは会うたびに新しい発見があり、心を躍らせた。
フレイヤの話はわかりやすいだけじゃない。会話の端々から知識の豊かさが感じられ、感心させられる内容ばかりだった。
このまま、卒業する頃には結婚するだろう。誰が見ても疑うことのない順風満帆な二人だった。
「結婚はいつになるだろう」と父がその話をした矢先だった。
アルヴィンは揺るぎない声で告げた。
「フレイヤとの婚約を、破棄したいのです」
事態は一変した。
卒業式にはプロポーズすると噂された二人。
卒業式で、アルヴィンは『婚約破棄』を宣言するとは、誰も想像していなかった。
* * *
厳かな雰囲気で始まった卒業式。
名だたる来客がスピーチを一通り終え、卒業パーティーに場は移った。
緊張から解放された卒業生たちに、笑顔が見え始めた。
声も大きくなり、歓談にも熱が入る。そんな中、ある宣言がホール中央で起こった。
「フレイヤ・リンドウィル」
近くの令嬢たちは、拍手の準備をしている。令息たちは羨望の目を向ける。
期待に明るい表情を作る卒業生たち。
ついにアルヴィンが口を開いた。
「君と婚約を破棄したい」
辺りは音を吸い込んだかのように、急速に静まり返っていった。
令嬢たちは言葉を失い、困惑顔で見合っている。令息たちは目を見開いた。
周りから突き刺さる視線が痛い。
アルヴィンは震える手でそっと拳を握った。
近くの者は聞き耳を立てている。
遠くの者は「卒業式に婚約破棄か」とうんざりした声を上げる。
そんなことを言いながらも、この後の行く末を気にし始める。
誰もが視線を送り、好奇心を向けてくる。
そして、フレイヤの言葉を、皆は待っていた。
三拍ほどの間。
人々の呼吸さえも聞こえそうな静寂。
間を持たせるのが、苦しいと感じ始めた時、フレイヤの凛とした声が聞こえた。
「承知いたしました。ですがなぜ婚約破棄なのでしょうか?」
“仲がよい”と有名な二人の婚約破棄。
誰もがその理由を聞きたがっているようだ。
「⋯⋯君は出来すぎる⋯⋯人として素晴らしく、僕の想像を遥かに超えていた」
その言葉に落胆の声が聞こえる。
天を仰ぐ者、ため息をつく者、そして眉をひそめる者─。
アルヴィンは目を伏せ、喉の奥に引っかかるものを飲み込むように息をした。
フレイヤは揺れる瞳で、アルヴィンを見続けた。
「僕はベルクフェルト家の三男──」
学問に精通しているかといわれれば、平均的。
剣を持たせても中の上。
決して、優秀とはいえない成績のアルヴィンは、端的にいうと普通。
性格は誠実さに溢れ、人格者。
対してフレイヤは、学園でも上位の成績。
格上の令嬢からお茶会に呼ばれるほど。
教師の推薦で、特別に領主候補生が行う経営や地理、商業などの科目にも出席した。
どの科目も好成績を収めた。
人望も厚い。
それを証明するかのように、すでにフレイヤに熱い視線を送る令息たちが多く見受けられる。
誰かがこの話を終える前に、フレイヤがアルヴィンに一歩近づいた。
「それだけじゃないでしょう?」
「あぁ、この場をもって、
アルヴィン・ベルクフェルトはリンドウィル男爵家に婿入りします。生涯、君の横でリンドウィル家を支えたい」
令嬢たちの息を呑む声が聞こえる。
期待に満ちた祝福の視線をフレイヤに送る。
令息たちは肩を大きく落とした。
アルヴィンは高揚した気持ちが溢れてくるのを抑えながら、フレイヤに笑いかける。
フレイヤは一瞬苦しそうな顔をした。
目に涙を浮かべながら、顔が綻んだ。
「嬉しい⋯⋯ずっとそばにいて」
「優秀な君の芽を摘みたくはない。
フレイヤ、一緒に未来を歩んでほしい」
アルヴィンの胸の中にフレイヤが飛び込んできた。
「わぁっ!」
気を抜いたアルヴィンから間の抜けた声が漏れた。
卒業式のホールでは、二人が抱擁を始めると、どこからともなく拍手が起こった。
するとホール中に拍手が響き渡る。
「アルヴィンが、普通なんて誰が言ったんだ? 十分、策士だよ」
誰かが言ったが、拍手にかき消された。
アルヴィンは婚約破棄を提案した数ヶ月前のことを思い出していた。
* * *
数ヶ月前──。
リンドウィル家には跡継ぎがいなかった。
四人もの女の子に恵まれて、にぎやかではあった。
だが、このままでは父は引退できない。
どこか大きな領地へ誰かに嫁いでもらい、リンドウィルを吸収してもらうしかない。
そんな意見も出ていた。
フレイヤは学園で得た知識を使い、リンドウィルを見つめ直した。
地理的要素、資源、気候、特産物など──。
その知識はフレイヤの父も驚くほど。
また、学園で交流した令嬢たちからリンドウィルで取れる羊毛が注目されている。
新しい染料になりそうなものもフレイヤが見つけてきた。
ただのうわ言だとしてもフレイヤの父は「フレイヤに継いでもらえたら、どんなにいいか」と零していた。
そのような状況で、
アルヴィンはまず、自分の父にフレイヤのいるリンドウィル家への婿入りを提案した。
「自分は三男であり、家督を継げるほどの器はありません。ですが、フレイヤは違う」
アルヴィンの父はそれを聞いて納得した。
それから、フレイヤの父へ手紙を書いた。
その後、再び両家で話すことになった。
アルヴィンはその席で開口一番に「自分は婿入りする覚悟があります」とはっきり告げた。
そのフレイヤを想う青年のまっすぐとした誠実さに両親は、温かい目で深く頷いた。
対して、フレイヤの父は、フレイヤに視線を移した。
「私が領主を継げるのなら、上に立つ覚悟です。アルヴィンが隣にいるのなら、私もやります」
フレイヤの父は、じっとフレイヤを見ていた。何かを思い出しているかのように穏やかな目。
少し細めて、目を閉じる。
アルヴィンはフレイヤの父と固い握手を交わした。
その後、アルヴィンは卒業式で宣言することを持ちかけたのだ。
――皆に、フレイヤがリンドウィルを継ぐのだと印象づけるいい機会だ、と。
そして、作戦は決行されたのだった。
* * *
その後、この一件は貴族社会に瞬く間に広まった。
“婿入りした珍しい男”には、もはや“普通”の印象はなかった。
アルヴィンとフレイヤの結婚式には異例の観覧席が設けられた。
そして伯爵家や、なんと公爵家の令嬢、宰相の令息も参列したとか
アルヴィンとフレイヤは熱い誓いを交わした。
その結婚式は皆の笑顔で溢れる。
にぎやかな式も終わった。
帰りの馬車の中で、二人は談笑していた。
「婿殿、これからはリンドウィル家ですよ」
「フレイヤ、僕は普通が代名詞みたいな男だけど、誰よりも君を愛している」
フレイヤは両手でアルヴィンの手を強く握りしめた。
真っ直ぐなフレイヤの瞳にアルヴィンは、また胸を焦がした。
「そう、柔軟に考えられる人が普通であるはずがありませんわ。それに自分が持っていないことをちゃんと受け止めて、もっとよい道を探せるほど、誠実さは何にも代えがたい尊いものですわ」
両親、そして、両家からとても可愛がられている二人なのでした。
ちなみにパパンたちの息子・娘自慢合戦は決着がつきません。
なので、何かにつけて会っているようです。
また、婚約破棄しなくてもいいんじゃないかと思われますが、フレイヤを印象づけるための作戦ということで、ご容赦くださいm(__)m
お読みいただきありがとうございました!
誤字脱字等ありましたら、ぜひごご連絡ください。
よろしくお願いします!




