8 お孫さんお可愛いですねぇ
領主邸での夜。
結局、ヒエルフォーナ殿下には会えずじまいだった。
「まあ明日、無理やり朝食の席に乗り込んで――」
「ぶち●すんすね、わかります!」
「挨拶するんだよ。朝から何しでかすつもりだ、お前は」
「きゃいん」
ルノンの頭にチョップを落とす。
と、ここでコンコン、と戸を叩く音。
老執事が入ってくる。
鷹のような目をした御仁で、物腰にもただならぬものがあった。
「執事長のバトラオと申します。食事をお持ちしました」
そう言って、俺の足元にステーキを皿ごと落とした。
ぱりーん。
飛び散ったソースがブーツに染みを作る。
俺はにっこりと笑った。
「ほう。クッコロアでは床で食事をされるのですね。どうぞ手本を見せてください」
「こ、これは、大変失礼を……」
てっきりわざと落としたのだと思った。
だが、バトラオの周章狼狽ぶりを見るに、他意のないボーンヘッドだったらしい。
バトラオが割れた皿の破片に手を伸ばす。
そのとき、手袋と袖の隙間に地肌が見えた。
青アザがあった。
皿を落としたのは怪我が原因らしい。
深いしわを刻んだ顔がぴくりと動く。
バトラオが一瞬俺の顔色をうかがったように感じたのは気のせいではあるまい。
……見られたくないものを見られてしまった。
そんな反応に見えた。
そういえば、御料馬車を襲った黒衣の一団の中に腕の立つレイピア使いがいた。
そいつは俺の水氷魔法と岩弾を腕に受けた。
治癒魔法でも凍傷を負った部位の傷は治りにくい。
ふーん。
ルノンも気づいたらしい。
おそらく匂いだろう。
金の瞳を爛々とさせながら、鼻をしきりに動かしている。
そして、こちらの警戒心はバトラオにも伝わったようだった。
重たい沈黙が部屋に流れた。
そういえば、黒衣の一団はシュヴァリッタを生け捕りにしようとしたよな。
あれは、領主の娘だから殺さなかったのか。
となると、首謀者は……。
結論を出す前に、俺は探りを入れることにした。
「おや、怪我されたので?」
「ええ、ちょっと……その」
バトラオは額に冷や汗を浮かべている。
「ちょっとその? なんです?」
俺はバトラオの顔を覗き込んでにっこりと笑った。
面白いほど顔面蒼白になる。
少しカマをかけただけなのに、目つきのせいで恫喝になる。
なので、奸物一族アッシュファーデンはカマをかけるのが苦手だったりする。
「じいじ、その人だぁれ?」
とっとっと、と軽い足音がして5歳くらいの女の子がやってきた。
お孫さん?
「そ、ソニア。旦那様のお客人をその人などと呼んではいけない。失礼にあたるぞ」
バトラオは叱るような口調だが、俺の追及を逃れる口実ができたと内心では喜んでいるようだった。
「お孫さんお可愛いですねぇ」
と俺はにんまり笑う。
バトラオは自然な仕草で孫娘を背に隠した。
まるで見られると孫が穢れると言わんばかりだ。
傷つくなあ。
それでも、俺は回り込むようにしてソニアを見た。
「おじいちゃんは優しいかい?」
「うん、すっごく! でも、厳しいときもあるの」
「剣術を教えるときも厳しいのかな?」
「ええっと――」
「さあ、ソニア。もう下がっていなさい」
バトラオはソニアを廊下に押し出して、俺を振り返った。
「フィル様、旦那様より丁重にもてなすよう、おおせつかっております。わたくし、言いつけの通りにさせていただきますので」
鷹の目がさらに鋭く尖り、さながらレイピアのようになる。
俺はそれを宣戦布告と受け取った。
「ええ。クッコロア流のもてなしを楽しみにしてますよ」
「せえぜえ頭数そろえとけやデス! 皆殺しマス!」
ウッキウキのルノンさんであった。
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