7 ……首謀者は誰だ?
御料馬車が去った街道。
赤い雪の上にバラバラ死体が散らばっている。
がるるるる、と狼みたいなうなり声。
それ以外は静かなものだった。
「ムカつきます。あのお姫、ぶち殺してえ。ガルルルル……」
この地獄絵図を描き出した張本人、ルノン画伯はまだ暴れ足りないらしい。
殿下一向が去った方角を血走った目で睨んでいる。
「あのアマ、あたしのフィルを悪く言いやがったです。腹の虫がおさまらねえ。マッパに剥いて、なぶりてえデス」
「腹の虫にはランチでも食わせておけ。肉のおいしい店に連れてってやるから」
俺はルノンの逆立った黒髪をなでつけて、皇都のほうに歩き出した。
「フィル、お姫追いかけてケツ掘らねえんです?」
「掘らない掘らない。でも、守護騎士を諦めるつもりもない。今度はしっかり頭を下げて直談判かな」
策略に頼るから疑われるのだ。
次は裸土下座で拝み倒すとか、真正面からぶつかってみよう。
最低でも、疑いだけは解かねば。
派閥の旗振り役たるアッシュファーデン家の長子が錦の御旗に嫌われるとかシャレにならん。
「なんでフィルが下手に出ます? 女なんて2、3発ぶち込みゃ、すぐヒンヒン言いますぜぇ」
「何を2、3発ぶち込むんだよ……」
だんだんルノンが山賊の子分に思えてきた。
見た目の愛くるしさに反して、こいつの品性と言葉遣いはそのレベルだ。
◇
皇都で身支度と腹ごしらえをすませ、白馬にまたがり、クッコロア領に向かう。
ルノンを前に乗せて、俺が後ろから抱く構図。
目の前でぴょこぴょこ動くケモ耳が可愛いのなんの。
そんな至福の時間もすぐに終わりが見えてきた。
クッコロア領は皇都に隣接している。
あっという間に到着だ。
クッコロア領。
領都コロア。
切り立った山の中腹に町がある。
草木もまばらなハゲ山で、なんとなく気分が滅入る。
こんなところを領都にしているのは、地下資源が豊富だからだ。
目ぼしい資源のないアッシュファーデン領と違い、ここには豊富な魔石鉱脈がある。
でも、アッシュファーデンだって負けていない。
肥沃な土地柄で、緑あふれる穀倉地帯として皇都民の胃袋を支えている。
両家は互いに持つ者であり、持たざる者でもある。
隣の芝生は青く見える。
不仲の理由はそのへんにもあるのかもしれなかった。
山を登り始めたときには雪だったものが、領都に入る頃には雨になっていた。
日がとっぷりと沈み、気温もぐんと下がる。
俺は宿屋には目もくれず、領主邸の門戸を叩いた。
叩き終わらぬうちに扉が開く。
領主シイスルがちょうど数名の兵士を連れだって慌ただしく出てきたところだった。
皇女のもてなしに追われているのだろう。
「どうも。お昼ぶりですね。フィル・アッシュファーデンでございます」
「うげ。『灰色コウモリ』の小せがれ……」
シイスルは俺の顔を見るや、夜道で死神に出くわしたような顔になる。
「クッコロア卿、お隣のよしみで一晩泊めてくださいよ」
「断る。コウモリは夜行性であろう。好きに飛び回って生き血でも探すのだな」
「はーん。そんな態度でよろしいので?」
俺は無表情でそう言った。
無表情だろうと、俺の顔は何か企んでいるように見える。
シイスルもギョッとしたようだった。
肉厚の頬がぴくぴくしている。
「言いふらしてもいいのですよ。雨降る寒空の下、クッコロア卿に追い出されたと」
貴族は周囲の見る目を異常なまでに気にする。
よって、ナイフを突きつけて殺すと怒鳴るより、悪評を立てるぞと脅したほうが有効な場合もある。
シイスルは太った顔を真っ赤に膨らませた。
ブチギレそうな顔で半歩譲る。
「……使用人用の一番貧相な客間を貸してやる。一晩だけだぞ」
「どうもありがとうございますぅ! 使用人用の一番貧相な客間を貸してくださったお優しいクッコロア卿の話を諸方で吹聴して回らねばなりませんね! いやぁありがたい!」
「おのれ……」
すんごい睨まれた。
当然だ。
それでも、シイスルは譲歩する姿勢を見せた。
「三等……いや、二等室を貸してやろう。それでもほざくなら叩き出してくれる」
「まことにありがとうございますぅ!」
糸目というだけで脅しにも迫力が出る。
糸目最高!
……とか思いつつも、少し違和感。
いやにすんなり泊めてもらえたな。
襲撃事件の首謀者かもしれない人物を殿下とひとつ屋根の下だ。
俺なら絶対やらない。
世間体が気になるなら、宿を手配するとかやりようはいくらでもあるしな。
「……首謀者は誰だ?」
俺の声が浴室に反響した。
風呂まで貸してもらえた。
雨で冷えた体には湯がありがたかった。
俺はクセ毛がちなルノンの髪を泡まみれにしながら思案にふける。
第三皇女ヒエルフォーナ殿下暗殺未遂事件。
その犯人は、第一皇女派か、はたまた第二皇女派か。
昼間、御料馬車を襲った連中は野盗やゴロツキなどではなかった。
きちんとした装備を持ち、秩序だった動きをしていた。
兵士だ。
とすると、軍部を牛耳る第一皇女派が怪しい。
しかし、ルノンを買った男たちは、教会に行けば食いちぎられた指がくっつくかも、と言っていた。
聖職者が背後にいるなら、第二皇女派も疑わしい。
「うーん」
一度怪しいと思えば、みんな怪しい。
貴族社会はあまたの思惑が入り乱れた魔境。
闇に覆われし大迷宮だ。
そう簡単に読み解けるものではない。
ここにきてシイスルにもフラグが立った。
謎は深まるばかりだ。
それにしても――
「フィル、もう目ぇ開けていいデス? 耳に泡入ってるの糞嫌ぁ……」
「……」
貴族の俺がどうして奴隷を洗っているんだ?
逆だろ、常考。
ペチンッ。
「きゃん!?」
腹が立ったので尻をひっぱたいておいた。
いい音だなオイ。




