6 おまえ、お姫! だまって聞いてりゃ、しゃーしゃーと!
「殿下ぁー! 殿下あーっ!」
丸い腹を揺すって貴族服の男が駆けてきた。
まだ雪の残る季節なのに滝のような汗を流している。
シイスル・クッコロア。
くっころ騎士シュヴァリッタの父だ。
シイスルが治める領地は、アッシュファーデン領の隣領。
俺も顔くらいは知った仲だった。
後ろには兵士たちの姿もある。
シイスルは警備責任者を任されていた。
すべてが終わった後に駆けつけるとは、とんだ無能がいたものである。
「おやぁ、クッコロア卿。護衛対象の殿下をほっぽり出して、どちらを警護されていたので?」
おおかた、御料馬車が襲撃されるのを見て、自分の馬車の守りでも固めていたのだろう、という非難の意味を込めて、俺は嫌味な笑みを浮かべた。
おかげで俺は大活躍だ。
むしろ感謝したい。
「むぅ、貴様は『灰色コウモリ』の小せがれ……」
「ご無沙汰しております。フィル・アッシュファーデンでございます」
「ふん!」
シイスルは俺を見なかったことにした。
取り繕った笑顔でヒエルフォーナ殿下にすり寄った。
「いやはや殿下、ご無事でしたか?」
「無事よ。なにせ偶然にしては出来すぎたタイミングで元・守護騎士が駆けつけてくれたんですもの。まるで、ボクを見てと言わんばかりの立ち回りだったわ」
殿下がナイフみたいな目で俺を突き刺す。
腕組みする姿は堅固な要塞だ。
「やけに都合よく助けが入ったものね。皇都内ならいざ知らず、ここは城壁の外。偶然通りかかったなんてことがあるものかしら」
そりゃ襲われるのを待っていたので。
……などとは口がケツまで裂けても言えるわけがない。
「いやぁ本当にすごい偶然ですね。まさに奇跡! さすが殿下、超運の持ち主でいらっしゃる! 神に愛されているのでしょうね。わたくし、感服いたしましたハイ」
俺は極めて自然に釈明した。
奮発してリップサービスまでつけた。
なのに、なぜかさっきより強い疑惑の目が向けられている。
「殿下、殿下! 『灰色コウモリ』の小せがれの話なぞ聞いてはなりませんぞ。耳が腐ります」
シイスルが怒った豚みたいに唾を散らし、
「まったくです殿下」
娘のシュヴァリッタも俺を指弾して鼻息を荒げる。
「あの顔をご覧ください。何か悪巧みしていなければ、あんな怪しげな顔にはならぬものです」
シュヴァリッタは俺が駆けつけなければ、くっ殺されていたはずだ。
恩知らずな奴だよ。
アッシュファーデンとクッコロア。
同じ第三皇女派だが、犬猿の仲でもある。
元の世界でも隣り合う国同士は仲が悪かった。
戦争、歴史認識、領土問題……。
争いの火種には事欠かない。
シイスルは娘のシュヴァリッタを殿下の付き人に据えることに成功した。
アッシュファーデン家の俺が殿下の守護騎士になれば、立場で並ばれる。
それを嫌っているのだろう。
俺がソッコー追放されたのもシイスルの告げ口があったのかもしれなかった。
「さては、貴様だな。殿下の襲撃を企図した輩は。この薄汚い奸賊め」
シイスルが脂ぎった丸顔を近づけてきた。
俺が反論するより早く殿下が口を開く。
「あなたも信用ならないわね、シイスル。どこを警備していたのかしら?」
「うぐ……」
シイスルは腹を刺されたような顔になった。
デレなしの全方位ツンツン。
この冷たさはまさしく『銀氷姫』だ。
笑った顔を見たことがないと言われるのもわかる気がする。
もっとも、二つ名は卓越した氷魔法の使い手であることに由来するようだが。
「正直に答えなさい」
どこまでも冷たい目が俺を真っ直ぐに見つめる。
「あなた、窮地を演出して白馬の騎士ヅラで駆けつけようとしたのでしょう?」
「いやいや。まさかまさか。そんなことがあるはずないでしょう。わたくしは本当に偶然たまたま居合わせただけでして」
当然釈明する。
だが、図星すぎて俺の顔はこわばった。
俺は首謀者ではない。
でも、それ以外の指摘は正鵠を射ている。
殿下のご慧眼にはまったく脱帽するほかない。
じぃーっと。
俺の顔をきりのような目で見つめていた殿下は、凍えそうなため息をついた。
「……あなた、筋金入りの奸物ね。この私に睨まれて眉ひとつ動かさないのだから」
え?
そう見えました?
俺の表情筋的にはだいぶ苦しかったのだが。
ツラの皮の厚さに救われた。
「それで?」
殿下は凍てつく目をルノンに向けた。
ルノンは今、黒衣の一団を滅多刺しにしている。
トドメを刺す……というより、バラバラにして遊んでいる。
それもお手本みたいな笑顔で。
「どうして生け捕りにしないのかしら。情報を吐かせるチャンスだったのに。まるで口封じしているみたいじゃない」
まったくおっしゃる通りですわ。
何やってんの、あいつ。
ほんと口封じしてるみたいじゃんか。
「襲撃者を追おうとしない点も怪しいわ」
「それは御身を案じてのことでありまして」
と弁明するも、もはや俺が何を言っても怪しさが増すばかり。
どうやら殿下の中ではすでに俺の黒は確定しているらしい。
そういう目だ。
「今ここで斬り捨ててあげたいところだけれど、証拠がないわね。命拾いしたと思いなさい。この卑怯者」
さすがに胸に来るものがある。
胸には来るが、腹には来ない。
俺にもやましいところがあるからだ。
と、ここで、泥まじりの雪玉が飛んできた。
殿下のご尊顔に直撃コース。
俺は殿下を抱きかかえる形で雪玉を受けた。
投げたのはルノンだった。
ブチギレた狼みたいに怒髪を逆立ててズイズイ迫ってくる。
「おまえ、お姫! だまって聞いてりゃ、しゃーしゃーと!」
ルノンの声量は鼓膜に痛みが走るほどだった。
最悪な事態を想像して、俺は血の気が失せる思いだった。
「お、おい。やめろルノン……!」
「てめえ助けてやったのに礼もねえんすか! この糞アマは!」
「お座り! 待て! ステイ! ウエイウエイ!」
「フィルは頑張ってたです! 命懸けで戦った戦士、馬鹿にしてんじゃねえです! さっさと謝れやボケェ! ふん縛ってぶち●されねえとわからねえのか、この腐れ●女ァ! デス! ――ふぎゃ!?」
俺のバックドロップが華麗に炸裂した。
この狼娘ェ、お姫様に放送禁止用語ぶつけてんじゃねえ。
そこで寝てろやボケ。
「い、いやあ、わたくしの飼い犬がとんだご無礼をばアハハ……」
俺は取り澄まして殿下にすり寄った。
「……」
殿下は毒を抜かれたような顔になっていた。
これ以上追及されるとボロが出そうだ。
それにここは危険だ。
俺は空気を変えるように言った。
「さあ、ひとまず皇都に帰りましょう殿下」
「嫌よ。あなたの意見なんて聞いたら、帰り道に襲撃されそうだわ」
「では、どちらに?」
「言うわけないでしょう。言えば誰かさんに襲われそうだもの」
ぐすん。
「でしたら、予定通り参拝をすませ、その後は我が領地でお休みいただくということでいかがです?」
「父上のおっしゃる通りです。領兵もおりますので、ご安心を」
シイスルとシュヴァリッタが殿下をなだめ、車列は再び動き出したのだった。




