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4 要するに、ヒエルフォーナ殿下は我が家の生命線なのな


 ライデンホルン皇国を二分する、2つの派閥がある。

 第一皇女派と第二皇女派だ。


 第一皇女派を率いるのは、『黒雷姫』ことライシュヴァルト殿下。

 皇女の身でありながら数々の武勲を打ち立てた女傑であり、騎士家系を中心とした軍閥貴族から絶大な支持を取り付けている。

 軍事力を背景にして皇国の実権を握っていた。


 対する第二皇女派は宗教勢力だ。

 庶民にあまねく愛される現代の聖女、『白炎姫』フレアシーラ殿下を擁立し、皇国民の人心を掌握していた。


 二派閥の対立は「軍人VS聖職者」、「権力VS民衆」というわかりやすい構図を取り、あやうい均衡を保っていた。


 両勢力が拮抗する状況下。

 ここで存在感を発揮するのが、第三勢力――いわゆるキャスティング・ボートの存在だ。

 その役目を担うのが『銀氷姫』ことヒエルフォーナ殿下を頂く第三皇女派。


 勢力としては極々小さい。

 主役はどこまでもカレーでありライスである。

 第三皇女派は隅っこに添えられた福神漬けのようなものだった。

 それでも政局を左右する重要な位置にあり、存在感は決して小さなものではなかった。


 この第三皇女派の旗振り役が誰あろう、我がアッシュファーデン家なのである。

 という話をルノンにしたところ、


「話、糞長げえ。殴りてえです」


 据わった目でそう言われたのだった。

 本当に殴ろうとしてくるので、俺は束の間、狼少女と取っ組み合いになった。

 すげえパワー。

 負けるかと思ったわ……。


「とにかくな、皇国の貴族社会ってギスギスしているんだよ。暗殺とか頻々にあるし、ウチにもよく矢とか飛んでくるんだ。矢文に『死ね』って書いてあるヤツ」


「フィル、あたし殺し合い好きですぜぇ! ああ、人ぶん殴りてえ、デス!」


 少しは口の悪さが薄まるかと思って敬語で話すようルノンに勧めてみた。

 結果がコレ。

 かえって陰惨味が増したとさえ思う。

 デスがDEATHに聞こえるのデス。


「フィルはどれ派です? 誰と殺り合います?」


「我が家は第三皇女派だ。だから、守護騎士に選ばれたんだけど」


「顔が糞で捨てられたんすね、わかります」


「わかっちゃったかぁー」


 もともとアッシュファーデン家はどの派閥にも属さず、その時々で尻尾の振り先を変えてきた。

 家訓は「風見鶏」。

 もっとも、世間的には「コウモリ野郎」とみなされている。

『灰色コウモリ』のアッシュファーデンと言えば、その筋では有名だ。

 すぐ裏切るってな。


 大魚の間を自由気ままに泳ぎ回ってきたアッシュファーデン家に、転機が訪れたのが15年前。

 第三皇女ヒエルフォーナ殿下、ご誕生――。

 ここに、うま味を見出した我が家は、第三皇女派を立ち上げた。

 黒と白をぶつけて漁夫の利を得ようとしたわけだ。

 糸目一族にふさわしい奸物ムーブである。


「要するに、ヒエルフォーナ殿下は我が家の生命線なのな。錦の御旗、御神体と言い換えてもいい。暗殺計画は断固阻止せねばならない!」


 俺はそう総括した。


「よーするに暗殺者ボコボコですか? 楽しみデス!」


 ルノンは指をバッキンバッキン鳴らして小さな手にあるまじき音を出している。

 怖い。

 しかし、その意気やよし。


 暗殺計画を阻止すれば、俺にも守護騎士返り咲きの目が生まれる。

 ヒエルフォーナ殿下をただ守るだけではダメだ。

 白馬の騎士のごとく、ここぞって場面で馳せ参じて、キャこの人素敵! と思わせないと。


「だから、こうしてコソコソつけ回しているってわけだ」


「気分は暗殺者です? 早く誰かぶっ殺してえです!」


 俺とルノンは雪をかぶった雑木林に身を隠している。

 遠くには皇都の町並みが小さく見える。

 街道に沿って時折キラキラと光っているのは、御料馬車の窓ガラスと、随伴する兵士らの儀装鎧だった。


 春先、雪解けを待ち、歴代皇帝の陵墓に参拝するのが皇族の恒例行事になっている。

 第三皇女ヒエルフォーナ殿下も例外ではない。

 暗殺があるとすれば、その道中か、帰路。

 俺はそう読んだのだった。


 路地裏で会ったあの男たちは皇女暗殺に狂狼族ルノンを使うつもりでいた。

 奴隷は皇城に入ることなどできない。

 よって、襲撃を企てるなら皇城の外。

 中でも警備が手薄かつ人目が途絶える皇都郊外の街道沿いが最有力ってわけだ。


「俺は頭がいいなぁ」


「目つきは糞わりぃデス」


 寒かったのか、ルノンは俺のローブの下に潜り込み、眠そうな目をしている。

 俺の背中に尻尾を押しつけているのは、どうやら暖を取るためらしい。


「流れでうっかり連れてきちゃったけど、お前、どのくらい戦えるんだ?」


 俺はそれなりに魔法が使える。

 剣も嗜む程度にはいけるクチだ。


「このくれえです」


 ルノンはさっと手を振った。

 近くにあった木の幹に斜線が引かれる。

 その線に沿ってずりずりと幹が滑り、ずっしぃぃぃんん。

 木が横倒しになった。


 ルノンの指先には光る刃が伸びていた。

 魔力を束ねて作った爪――『魔爪』だ。

 おっけ。

 ドラゴンが出ても大丈夫そうだ。


 ガタゴトと目の前を御料馬車が通過した。

 皇族旗には、銀糸で描かれた氷華の御紋。

 間違いなくヒエルフォーナ殿下の馬車だ。

 本来なら俺もあそこに乗っていたはず。

 何が悲しゅうて狼娘と寒空の下、かくれんぼせにゃならんのか。


「……それにしても」


 護衛は30人少々か。

 治安がよく、魔物が少ない皇都近郊を思えば妥当な頭数。

 だが、雪解けで地面がぬかるんでいるせいか、隊列が長く伸びてしまっている。

 馬車の側面ががら空きだ。

 あまりにも不用意。

 たとえば、あそこの茂みに伏兵がいた場合、兵が馬車に駆けつける間もなく王手がかかってしまう。


「っ!」


 ルノンが突然立ち上がった

 耳をぴこぴこ動かし、高くした鼻で空気の流れを探っている。


「来やがったです!」


 何が、と確認するまでもない。

 茂みの中から濁流のように黒い影があふれ出してきた。


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