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16 あなたのことは最初から疑っていなかったわ


 ルノンは、日に2回は血を浴びないと夜眠れないタチらしい。

 散歩をサボると暴れる犬の上位互換だ(下位互換とも言えるが……)。

 飼い犬の面倒を見るのは飼い主たる俺の役目。

 朝な夕なに散歩に行くのが日課になりつつあった。


 散歩と言っても、もちろん血染めのデスロードを闊歩する系のやつだ。

 領内に出没する魔物を狩ったり、長らく目の上の瘤となっていた山賊退治に乗り出したり。

 ルノンは大喜びで爪を振るい、夜は俺のベッドの大部分を占領してぐっすり眠った。

 領民や行商人には歓迎されたが、付き合わされる俺は生きた心地がしなかった。


 ルノンは表裏のない性格だ。

 なんだかんだ言ってヒエルフォーナ殿下とはうまく付き合えているらしい。

 さしもの疑心暗鬼姫も裏のない人物までも疑うことはできないのだろう。

 ルノンのほうも口喧嘩に応じてくれる張り合いのある敵を見つけたとばかりに、殿下にしきりに絡んでいる。

 二人は意外とウマが合うのかもしれない。


「ああ、お姫ぶっ殺してえです! 一緒に血反吐ぶっちまけ合いてえデス! ひゃっはぁー!」


 こんなのとウマが合っちまうウチの殿下、どうなってんだよ。

 などと思う今日この頃。


 そうして、あっという間に5日間が過ぎ、ヒエルフォーナ殿下が皇都に帰られる日がやってきた。


「こちらでしたか、殿下」


 俺は3階のバルコニーに出て、背筋を正した。

 殿下はなびく髪に細い指をやって、雪の残る麦畑を眺めていた。


「風が気持ちいいわね。麦の香りがするわ」


「すでに作付けが始まっていますので。夏には黄金の麦畑をご覧いただけますよ」


「あら、誘っているのかしら」


「もちろんでございます」


「毒殺されそうだから遠慮させてもらうわ」


「それは残念です!」


 殿下は庭を歩くウチの飼い猫を見つけて目を落とした。


「丸く収まったようね。私のあずかり知らぬところで」


 ヒエルフォーナ殿下暗殺未遂事件。

 暗殺されかけたとうのご本人は事件の幕引きになんら関与していない。

 ある配下の者が暗殺を企て、それを別の配下の者が揉み消した。

 勝手に神輿の上に担ぎ上げられ、突然引きずり下ろされそうになり、そんな様子を見守っているしかない殿下のご心労たるや、いかほどのものであろうか。

 俺には想像もできない。


 それでも殿下に不満の色は見えない。

 信を置くシュヴァリッタに累が及ばなかったことがご機嫌の理由だと思う。


 俺はというとゲンナリ気味だ。

 結局、俺を守護騎士に、という話は出ていない。

 割と命懸けで頑張ったんだけどね。

 可愛くて強いペットができたのが唯一の収穫だろうか。

 それも持て余し気味。

 思いっきりため息をつきたい気分さ。


「あなたのことは最初から疑っていなかったわ」


「?」


 なんのことだろうと俺は首をかしげた。


「ほら、憶えているかしら。馬車が襲われたときのことよ。あなたは私を素通りして負傷した兵のもとに向かったでしょう? 治癒魔法をかけるために」


 そんなこともあったな、と思い出す。


「守護騎士としては失格ね。護衛対象から離れるなんてどうかと思うわ。でも、人としてはとても正しい判断よ。命に貴賤はないもの。おかげで私の兵が死なずにすんだわ」


「お役に立てたようで光栄です」


 褒められている気がして、俺はにんまりと笑った。

 すると、殿下の目が冷たくなる。


「それにしても、あなた、本当に凶悪な顔をしているわね。世が世なら悪魔認定されて、火刑じゃないかしら。あるいは、心臓に杭ね」


「お、おひどい……。泣きますよ!?」


 と、ここでバルコニーの欄干に小さな影が駆け上がった。

 ついさっきまで庭にいたウチの猫である。


「ぷふ」


 小さな笑い声が聞こえた気がした。

 目を上げると、殿下が薄っすら笑っていた。

 口元に手をやって少しお腹を抱えるようにして。


「なんで猫まで糸目なのよ、ふふっ」


 笑った顔を見たことがないと言われる『銀氷姫』ヒエルフォーナ殿下。

 殿下なりに心を開いてくれた気がして、俺は胸が弾むのを感じた。


 チャンス到来。

 そんな気がして、俺は揉み手で殿下にすり寄った。


「皇都までの道中、守護騎士がいれば安心ではありませんか?」


「あなたみたいな裏切りそうな顔の男を守護騎士にするわけないでしょう。馬鹿じゃないのかしら」


 がっくし。

 ま、そうっすよねぇ。

 俺自身、自分の顔を見るたびに、誰この詐欺師!? って思うもの。


「……でも、弾除けくらいなら任せてあげてもいいわ」


 殿下はそっぽを向いて言った。

 耳が赤くなっている気がする。


「ひょっとして殿下、今デレました?」


「で、デレてないわよ……! 手形をつけてあげるから頬を出しなさい! これは最初の命令よ!」


「ハッ! 大変光栄に存じます!」


 俺は気をつけの姿勢で、軽く腰を折って顔を差し出した。

 ひた、と冷たい感触がほっぺに触れる。

 殿下は怪しげな笑みで俺を見つめていた。


「頼りにしているわ。裏切ったら殺すけど」


「やっぱり少しお顔がお赤い」


「今殺してやろうかしら」


「いえいえ。しっかりお仕えさせていただきます!」


 びゅう、と風が吹く。

 冬の寒さは感じられなかった。

 長くなびく銀色の髪に春の香りがした気がして、俺は目を細めるのだった。


これにて完結です!

読んでくださった皆様、ありがとうございました!

次回作を鋭意執筆中です!

ほかの作品も読んでいただけると嬉しいです!

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もう少し、続きを見たい気もするが、お疲れ様でした!
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