14 ふん。考えておくわ
「そうか。殿下はご無事なのだな。なによりだ」
耳元で聞こえるシュヴァリッタの声は浮かない。
父親が弑逆の徒となり、あろうことか目の前で自爆。
元気だったら逆におかしいか。
「貴様が殿下を守ってくれたのだな。くっ、礼を言う」
「今、くっ、って言った? 殿下には、ちっ、って言われたけど!?」
俺の素っ頓狂な声が坑道にくわんくわんと響いている。
「まったく、二人はお似合いの姫と騎士だな。殿下もシュヴァリッタにはお心を開いておられるようだし」
そう言うと、シュヴァリッタはまんざらでもなさそうに鼻を鳴らした。
「私は殿下が親指をくわえておられた頃からおそばに仕えているからな」
へえ。
見てみたいなぁ、その殿下。
きっと天使だったに違いない。
とか思っていると、ぽかりと後頭部を叩かれた。
篭手のせいで普通に痛い。
「貴様、不敬なことを考えたな……」
「ぐへへ。いえいえ、滅相もない」
そこからしばらく沈黙が続いた。
シュヴァリッタは唐突に切り出した。
「殿下はお可哀想な方なのだ」
「……」
「我が父シイスルも含め、第三皇女派はくせ者揃い。殿下は幼少の頃より、貴族どもの果てしない俗欲を目の当たりにされてこられた。ときに、そのお命を狙う者さえあった」
今回の暗殺騒動もそのひとつだろう。
ヒエルフォーナ殿下ご誕生は、皇国に第三皇女派という新たな潮流を生み出した。
第一皇女派と第二皇女派の均衡を揺るがしかねない存在だ。
均衡の崩壊は皇国の崩壊。
そう危惧する者たちが少なからずいて、ヒエルフォーナ殿下暗殺の思惑は絶えずうごめいている。
俺に守護騎士として白羽の矢が立ったのも、そういった背景からだった。
「最初の暗殺は殿下5歳のお誕生パーティーの席だった。私が着任して間もない頃だな。下手人は殿下の乳母を務められた御仁だった」
そこまで聞いただけで、俺の気持ちは重く暗くなった。
「殿下も乳母殿のことを母親同然に慕っておられた。それが突然凶刃を抜き放ったのだ。斬り捨てたのは私だった。殿下は返り血を頭から浴びて呆然としておられた」
その後も暗殺騒動は繰り返し波のように起こったらしい。
そういった話は俺も聞き及んでいる。
皇城の奥で厳重に警護されている皇族を狙うのは容易ならざることだ。
よって、ほとんどの暗殺事件は身近な人物の裏切りによって行われる。
『いいえ。私は信じないわ。どうせあなたも裏切るのよ。そういう顔だもの』
そう言った殿下の寂しそうな横顔が思い出された。
「せめて私だけは……私だけは殿下のおそばにいて終生お守り申し上げるのだ」
シュヴァリッタは自分自身に言い聞かせているようだった。
◇
「シュヴィ!」
俺の背中にシュヴァリッタを見つけると、ヒエルフォーナ殿下は駆け寄るような仕草を見せた。
でも、すぐに足を止める。
ぷいっとそっぽを向いて腕組み。
照れ臭かったんだな。
そんな様子をシュヴァリッタも微笑ましそうに見つめている。
「ところで、何をしておられるのです? ずいぶんと楽しそうですが」
俺はひとつ首をかしげた。
ルノンが氷ゴーレムと格闘戦を繰り広げる。
「この子……ルノンとか言ったかしら? 喧嘩しようってうるさいのよ。だから、私が氷魔法で子守りしてあげているってわけ」
「それはお手数をおかけしました」
「構わないわ。馬鹿な犬みたいで、見ていて飽きないもの」
「お気に召されたのなら、その犬、皇室で飼われてみます? 今なら世話役で糸目の美少年がついてくるのでお得かと存じます」
「私、猫派なのよ」
「さいですか……」
まだ痺れ気味のシュヴァリッタを手頃な岩に座らせてやる。
「シュヴィは私が唯一信頼を寄せる従者なの」
殿下はまたモジモジしている。
「ありがとう。と言っておくわ」
すんごい小さい声でそう言われた。
俺はうやうやしく頭を下げる。
「そのご信頼の、一端でもかまいません。どうぞ、わたくしにも分けてはいただけませんか?」
「ふん。考えておくわ」
それは重畳。
一顧だにされなかったところから、だいぶ前進だ。
ルノンが氷ゴーレムに片をつけるのを待ち、俺たちは坑道の外に出た。
白くなった東の空が、一連の薄暗い陰謀に終わりを告げているようだった。




