12 誰に疑われたっていい。信じてくれる誰かのために誠実であろう
「意外とありますね」
「あら? 何がかしら」
気づけば、膝まくらされていた。
天井が半分しか見えなかった。
ヒエルフォーナ殿下の冷淡な目が二つの御山の上から俺を見下ろしている。
頬をこする銀の髪がくすぐったい。
「う、痛たた……」
俺は遅れてやってきた激痛に顔をしかめた。
後頭部にある柔らかく温かな至福の感触とは対照的に、脳天には硬いもので殴られたような鈍痛。
そういえば、落石が直撃したんだったと思い出す。
口の中が砂っぽかった。
「思い出しました。崩落に巻き込まれたのですね」
「そうよ。さんざんだわ」
「殿下がご無事でなによりです」
「おべっかはいらないわ」
「ところで、これは一体何に対するご褒美で?」
俺は後頭部を太ももにこすりつけた。
殿下が無言で立ち上がる。
俺は岩場に頭突きする羽目になった。
治癒魔法でダブルたんこぶを引っ込める。
立ち上がると、そこは真っ暗な坑道。
梁や柱があるから、人の出入りがあった場所だろう。
出口に通じていると信じたい。
ルノンとシュヴァリッタの姿はなし。
坑道にはゴーレム系の魔物が潜み、ゴブリンも棲みつくという。
最優先課題は殿下を無事に地上までお届けすることとして、次点でルノンとシュヴァリッタの捜索もしないと。
「殿下、どうかご安心を。わたくしが必ず皇城まで送り届けますので」
「頼もしいわ。あなたって顔が見えないと、信頼できそうね」
「では、平素より仮面をかぶって過ごしましょう。どうか守護騎士に再任をば」
「お断りよ。余計怪しいじゃない」
「ですよねー!」
ヒエルフォーナ殿下は相変わらずツンツンしている。
腕組みして居丈高にあごを持ち上げ、険のある顔でじろりと睨む。
高慢ちきの体現者って感じ。
でも、今は冷たさが鳴りを潜めているようにも思う。
「あなた、頭大丈夫?」
「中身はともかく、外傷のほうは癒えましたので、ご心配には及ばないかと」
「そう。……まことに遺憾なのだけれど、いちおうは守ってもらったわけだものね。社会通念上必要だと考えられるから、義務的にやむを得ず、礼を言ってあげるわ。心して聴きなさい」
「ハッ」
俺は気をつけで傾聴の姿勢を取る。
殿下は髪をいじり、足をソワソワさせ、目を泳がせ、ため息をついて、ようやく決心がついたらしかった。
「その、ありがとう。……ちっ」
すっごい嫌そうな顔だ。
「いえいえ。とんでもございませんっ!」
俺はというと、満面の笑みである。
美少女の皇女様に舌打ちをたまわるなんて孫の代まで語り草になるご褒美だよ。
割とガチで。
「礼など恐れ多いことです。殿下をお守りするのは、守護騎士でなくとも、全皇国民の使命でありますれば」
「白々しいわね。でも、助かったわ。さっさと外への道を探しなさい」
「承知いたしました」
俺が先頭になり、暗い坑道を進む。
ダンジョンみたいでちょっとワクワク。
「私にはわからないわね」
殿下がぼそっとそう言った。
「あなたが下心で動いているのはわかるわ。私に近づく連中はそんなのばかりだもの」
第一皇女派が軍閥で、第二皇女派が宗教。
では、第三皇女派の支持母体は?
そう問われたら、たいていの人はこう答えるだろう。
あぶれ者、と。
ヒエルフォーナ殿下を担ぎ上げているのは、アッシュファーデンみたいなくせ者や、二大派閥に入れてもらえないワケアリ貴族ばかり。
腹に一物抱えた奸物貴族が虎視眈々と悪巧みする。
それが第三皇女派だった。
「でも、私をかばってくれたときのあなたからは他意が感じられなかったわ。本気で守ろうとしてくれたように感じた。私、この手の勘は鋭いのよ。なんたって物心つく前から、欺瞞に満ちた連中に囲まれていたんですもの」
「あはは……」
俺は苦笑いしながら頭を掻いた。
その欺瞞に満ちた連中の筆頭がまさに我がアッシュファーデン家であることは言うまでもない。
「どうして守ってくれたの? 私が第三皇女……あなたたちの錦の御旗だからかしら?」
「まあ、当然そういう背景もありますよねー」
と俺はテキトーに相槌を打った。
「でも、とっさのことでしたから打算はありませんでしたよ? わたくしは殿下がそこいらの町娘でも、たとえ奴隷の女の子だったとしても助けたと思います」
俺は前世、15歳で死んだ。
だから、若い子には死んでほしくないって思っている。
それとは別に大切にしていることがある。
誠実であれ、ってことだ。
「昔、途方に暮れていた盲目の老婆を助けたことがあったのです。そしたら、そのおばあさん、『あなたはとても誠実な子ね』と笑顔で褒めてくれまして。わたくしは泣きそうなくらい感動してしまいました」
「どうして、それで泣けるのよ?」
「だって、わたくしはこの顔ですので」
「……ああ、だいたいわかったわ。人助けなんてしたら、何か裏があるんじゃと疑われるのね」
「その通りでございます。わたくしの糸目は、ある種の魔眼ですので。見た者に拭い難い不信感を植え付けるのですよ」
しかし、その老婆は盲目ゆえに俺の魔眼が効かなかった。
転生して以来、あれほどピュアな笑顔を向けられたことはない。
「わたくしは思いました。誰に疑われたっていい。信じてくれる誰かのために誠実であろうと」
とか言いつつ、ついつい奸計を巡らせてしまうのがアッシュファーデン家の性だ。
「あはは。臭い話をしてしまいましたねぇ」
俺がおどけながら振り返ると、そこには鼻を摘まんで冷たい目をした殿下がいた。
「だから、鼻の使用を控えているところよ。この国の空気を穢さないでくれるかしら」
それは、どうもすみませんでしたねぇ。
「ともかく、わたくしのことは信用してくださっていいのですよ。不肖このフィル・アッシュファーデン、気分は殿下の守護騎士ですので」
「いいえ。私は信じないわ。どうせあなたも裏切るのよ。そういう顔だもの」
殿下は少し寂しそうな顔をしているように見えた。
暗さゆえの錯覚かもしれないが。




