表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/13

11 もはや、これまで


「父上、なぜですか! どうして殿下に弓引く真似をなさったのです?」


 シュヴァリッタの悲痛な声が坑道にこだました。


「剣しかできぬ無才のお前にはわからぬ」


 シイスルはボコボコの顔で俺を睨んでいる。


「アッシュファーデンにそそのかされ、第三皇女派などに加わったのが運の尽きよ。二大勢力の板挟みとなり、派閥長のわしは日々すり潰されるような想いに耐えてきたのだ」


 あー、それはウチのせいだな。

 アッシュファーデン家はどこまでもしたたかに立ち回る。

 第三皇女派を創始して影響力を拡大。

 しかし、矢面には決して立たなかった。

 シイスルを派閥長に祀り上げたのも肉の盾として矢玉を防ぐためだ。

 その裏で、アッシュファーデン家は糸を引き、派閥の実権を握ってきた。

 痛みは他人に、うま味は自分に。

 それがウチのやり口なのだ。


「わしは頑張ったのだ。軍部の圧力を撥ねのけ、聖職者どもに神の敵とそしられながら、それでもヒエルフォーナ殿下のために尽くしてきた。しかし、いくら腐心しても、実った果実は腐れコウモリどもがすべてかすめ取っていく。こんなの耐えられぬ。あんまりだ」


 シイスルは手のひらで目を覆い、肩を震わせた。

 指の間から涙がこぼれる。

 気の毒に。


 でも、貴族社会ってのは、そんなもんだ。

 シイスルだって派閥長の座にものを言わせて木っ端貴族や商人に無体な真似をしている。

 奪い奪われ、憎み憎まれ。

 それが魔窟――ライデンホルン皇国の貴族社会だ。


「第三皇女派はどこまでいってもアッシュファーデンのものだ。このままでは、奴らにいいようにされてしまう」


「それで殿下の首を手土産にどこぞに宗旨替えしようと画策した、と?」


「そうだ」


 俺が核心に迫ると、シイスルは意外にも素直に首肯した。

 短絡的な話だ。

 皇族殺しは、皇帝殺しに次ぐ重罪。

 生首持参で門戸を叩いても受け入れる派閥などあるはずもない。

 少し考えればわかることだ。


 シイスルが短慮に走った理由。

 それは、おおよそ察しがついている。


「この鉱山は枯渇してしまったのですね」


「む、気づいておったのか。まったくコウモリどもの地獄耳ときたら……」


 シイスルは呪い殺すような目で俺を見ている。

 ま、知ったのは、ついさっきだがな。


「ウチで例えるなら、穀倉地帯が砂漠化するようなものか」


 そうすると、どうなるか。

 領民は飢えて死ぬ。

 主要な収入源は断たれ、領兵の雇用が困難になる。

 治安は悪化の一途をたどり、野心を持った近隣領主が治安維持を口実に軍事介入を始め……。

 あとは、攻め滅ぼされるのを待つばかりだ。

 お家は断絶。

 路頭に迷うか、最悪、混乱の責任を問われて断頭台。


 お先真っ暗だな。

 シイスルもそう感じたのだろう。

 そして、手に届くところにあるヒエルフォーナ殿下の首がまぶしく見えた、と。


 俺は殿下をちらりと見た。

 シュヴァリッタの後ろに隠れ、なんで私がこんな目に遭わなきゃならないのよ、って顔だ。


『あなたも信用ならないわね、シイスル。どこを警備していたのかしら?』


 殿下は街道でそう吐き捨てた。

 ある意味、犯人を言い当てていたとも言えるが、疑心暗鬼に駆られて不満をぶつけたというのが実態だろう。

 疑い深く、臣下に冷たく、舌鋒鋭く、容赦がない。

 まるで氷のナイフだ。

 お世辞にも命懸けで尽くしたいお方ではない。

 シイスルの気持ちはわかるよ、俺は。

 なんたって俺も「顔が裏切りそう」とかいう前代未聞の理由で追放されたしな。

 舐めんな小娘がァ、って思ったわ。

 いやマジで。


「父上の辛いお心、立たされた苦境。よくわかりました。お気持ちを汲み取れなかった私は愚かな娘です」


 シュヴァリッタは柳眉を歪めた。


「一言ご相談いただけたなら、その重みの幾ばくかを私も背負えましたものを」


「……」


 シイスルはしばし娘を見つめていた。

 そして、諦念に満ちた息を吐き出した。


「わしは一世一代の大勝負に負けた。もはや破滅の運命はどうあっても変えられぬ」


 おや、と思った。

 シイスルの声に不穏なものを感じた気がした。

 窮鼠猫を噛む。

 俺はそんな言葉を思い出していた。

 獣の勘か、ルノンも何か感じたらしい。

 ボディーガードみたいに俺を守る位置に立った。


「もはや、これまで」


 がばっ、と。

 シイスルは上着をはだけた。

 丸い腹に腹巻を巻いている。

 そこに筒のようなものが並んでいた。

 筒同士は線で繋がっていて、――いや、詳細な描写はどうでもいい。

 採掘用の爆薬。

 ダイナマイト。

 暗殺に失敗したら最初から死ぬつもりでいたらしい。


「憎っくきアッシュファーデンの小せがれを道連れにできるなら本望! これぞクッコロアの死にざまと心得よ!」


 シイスルが線を引くと、筒から火の粉が噴き出した。


「父上……!」


 シュヴァリッタが一歩駆け出して、しかし、戻った。

 殿下に覆いかぶさるのが目の端に見えた。

 俺は地面に触れ、あらんかぎりの魔力で土壁を築いた。


 直後、閃光と爆音。

 天井を彩るホタル石が消し飛ぶ。

 真の闇が訪れた。

 がらがらと音。

 地面も天井も揺れていた。


 俺は火球魔法を放った。

 坑道の様子が真っ赤に描き出される。

 まさしく土砂降り。

 岩がどごんどごん降ってくる。

 地面に亀裂が走って、ずんと沈んだ。


「殿下!」


 殿下の上に大岩が見えた。

 俺は全力で疾駆、シュヴァリッタごと殿下を突き飛ばした。

 ごん、と脳天に衝撃。

 その瞬間、再び闇が訪れた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ