第4話「治癒魔法は、今も現代医療の重要な要」
「お兄さんがご馳走するから、好きなの注文していいよ」
「ありがとうございます」
「……どうも」
石畳が敷かれた大通りを抜け、フェルと出会う前に訪れる予定だった職業案内所にやって来た。
基本的に職業案内所は、職を求める人たちしか訪れない。併設されているカフェを利用している人の数は少なくて、私たちには話がしやすい環境が整えられた。
「タルト……注文してもいいですか」
「もちろん」
煌く宝石のようなケーキやタルトを目の前にすると、どのケーキも自分を選んでほしいと主張してくる。
ケーキたちと一緒に目を輝かせながら、私はアルノ様の厚意に甘えさせてもらう。
(怖い人じゃないのかな)
未だにアルノ様に警戒心を持っているフェルの気持ちも理解できて、それだけアルノ様は何を考えているのか分からないと常に周囲では囁かれていた。
でも、私とフェルに優しさを振りまいてくれるアルノ様に悪い気配は感じない。
「ディアナ様を探してたのには理由があって」
店内は広く、無数の木製のテーブルと椅子が並んでいた。
どの席を選んでもいいくらい店内は空いているけれど、私たちは店の奥の隅にある席を選んだ。
「このたび、ダンジョン五十階層にある病院を相続することになってね」
「タイミング良すぎ」
「って、僕に、祖父の死期を操る力なんてないから」
職を探していたタイミングでフェルと出会ったことも、開業医としてやっていくと決めたタイミングでアルノ様の出会ったことも、確かにすべてが良くできた物語のように感じてしまう。
「元聖女候補ってだけで、職探しに苦労するかなと思って」
聖女候補だった頃の私は、アルノ様と言葉を交わしたことはほとんどどころかまったくない。
それくらい薄い関係性のアルノ様は聖女候補たちが辿る末路について、よくご存じだった。
「特にディアナ様は、二番っていう数字が付いて回る」
聖女候補の少女たちには、私以外にも番号が付けられている。
聖女のポリー様に何かあったときのための二番手。
二番手に何かあったときのための三番手といった感じで、聖女候補たちの少女は次の聖女選抜試験が開催されるまで序列の中で生きていかなければいけない。
「三番が誰、四番が誰なんて、世間は忘れていくだろうけど、二番っていう数字の強烈さは雇用を断る理由になる」
私だけが、特別ではない。
私だけが、苦労しているわけではない。
それは理解しているつもりだけど、聖女という目標を叶えることだけを夢見てきた私に与えられた現実は酷すぎた。心を窮屈にさせるには十分。
そして聖女候補のことをよく理解しているアルノ様との再会は益々、私の心を卑屈にさせていく。
「城に仕えている僕の頼みなんて、聞きたくもないかもしれないけどね」
聖女候補としての生活は、しっかりと栄養が管理された食事が提供されていた。
聖女になれば、望むものを食べることができる。
でも、聖女候補は徹底的に管理された生活。
芸術品のような色鮮やかなタルトを自由に食べることができない日々から、やっと解放されたはず。
「開業医を始めるにしても、土地と建物が必要だったので助かりました」
思うようにフォークを動かしてもいいはずなのに、タルトを口に運ぶ動作が自分でもゆっくりとしているなと感じた。
「ディアナ、言葉と声が一致してない」
隣の席に座ってくれたフェルに、ずばりと指摘された。
いつもなら、はっきりとした物言いから逃げ出していたかもしれない。
でも、フェルが私のことを想って言葉を発してくれたのがわかるからこそ、逃げたくないって思った。
「あの……」
「不安から、恐怖。質問の類、なんでも引き受けるよ」
タルトを一口食べて、これからの不安を消し去る。
甘さから得られる幸福を口へと運び、心に希望の光を灯す。
「ダンジョンに眠ると言われている秘宝は、もうすぐ掘り尽くされるのではないかと言われていますよね」
「そうだね。近い未来、危険を冒してダンジョンに行く人なんていなくなるかもしれない」
「どっちみち私の廃業は誓いのではないかと……不安で……」
ダンジョンへと冒険者が赴いていたのは大昔の話で、その頃のダンジョンにはありとあらゆる職業が必要とされたと聞いている。
現在は、国に仕える人間くらいしかダンジョンに興味を示さないのが現状。
「今は、平和を望む時代ですよね」
ダンジョンと呼ばれている場所は、大昔の冒険者たちが開拓し尽くしたと言われている。
ダンジョンに残されている秘宝が僅かと言われている中、わざわざアンスベルム国はダンジョンへと足を運ぶ。
何せダンジョンに眠る秘宝の数々は、アンスベルム国の貴重な収入源となるのだから。
「ダンジョンに病院なんてものが、本当に必要なのでしょうか」
「今も必要とされているから、ダンジョンの百階層にある病院は経営を続けている」
基本的に、世界は平和。
秘宝を奪い合っての戦争は、現段階では起きていない。
凶悪犯に襲われたり、モンスターと遭遇しない限りは、平和な日常を歩むことができる。
それなのに、ダンジョンに行きたいと志を高く掲げている人たちがいるということを教わる。
「冒険者が減ってるのは事実。だからって、冒険者が滅んだわけじゃない」
私とアルノ様は国に仕えていた同士ではあっても、顔見知り程度の仲でしかない。
聖女候補が次期国王となるフェル様以外と恋仲に陥ることは許されておらず、アルノ様に憧れている少女は多くても彼と接点を作ることはほとんどできなかった。
そんな希薄な関係だからこそ、こんなにも親身に話を聞いてくれる人が現れたことに驚かされる。
「治癒魔法は、今も現代医療の重要な要だ」
一番になれない人間は、落ちこぼれだと言われてきた。
二番目では、意味がないと言われてきた。
それなのに、国に仕えているアルノ様は治癒魔法の使い手すべてを肯定してくれる。
私が呼吸しやすくなるような言葉を与えて、下を見る癖がついていた私の視線を引き上げてくれた。




