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第2話「治癒魔法に熱い視線を注ぎ続ける人」

「行ってくる……って、ディアナは宿屋に残ること」

「私も負傷者を……」

「ディアナは、最も聖女に近かった少女なんだよ」


 基本的にダンジョンに赴かない限り、モンスターと遭遇する可能性は限りなく低い。

 それでもダンジョンを抜け出してきたモンスターが街で暴れるという展開がないわけではなく、フェルのようにモンスターと戦う力を持つ人は戦闘に駆り出されることもある。


「言い方が悪いけど、治癒魔法を必要としている人たちに集られる」

「でも……」

「助けたいって気持ちは尊重する。でも、この世界は誰もが魔法を使うことができないってことの意味。よく考えてほしい」


 街に出現したモンスターを退治するのは、ボランティアといっても過言ではない。

 国の治安を守る警吏や衛兵が駆けつけるのを待つのも手だけれど、それを待つことができないからフェルはモンスターの討伐へと向かう。


(私は、助けたい)


 今は緊急事態。

 無償で魔法の力を提供するときだと、誰もが判断できる。


(でも……)


 もしも私が聖女に最も近かった少女だと判明することで、モンスターとは関係なく治癒魔法を欲する人が現れるかもしれない。

 あの人にもこの人にも無償で治癒魔法を提供した結果、魔法は無償で提供されるべき力だと勘違いされるわけにはいかない。

 魔法を使うことで対価をもらうことができなかったら、この世を生きる魔法使いすべてが生きていくための収入源を失ってしまう。


「ギュァァアアアア」


 耳を裂いてしまうような鳴き声が響き渡った。

 巨大な鳥型のモンスターのブレイドバードは、刃物のような鋭さを持った翼が特徴的。

 冷たい金色の瞳はフェルを睨みつけながら、勢いよく滑空していく。


「私も、フェルを助けたい」


 聖女候補は、ずっと帰りを待つだけの存在だった。

 未来の聖女は傷ひとつ負うことが許されず、国の宝物と言わんばかりの待遇を受けた。

 でも、聖女候補の少女たちは操り人形ではない。


「怪我はありませんか」


 母親が幼い娘を庇うように、建物の影に身を寄せていたのを宿屋から発見した。

 フェルがモンスターを引きつけている間に、私は真っ先に親子の元へと駆けつけた。


「すみませ……すみません……」

「謝らなくて大丈夫ですよ、お怪我は?」


 恐怖で足を動かせなくなっている親子を見て、なるべく二人を安心させるように穏やかな声を心がけた。


「転んだときの擦り傷が……」

「今、痛みを取り除きますね」


 女の子は恐怖のあまりに声も出せずにいたため、痛みで泣くこともできなくなっていた。

 彼女の膝は血で滲んでいて、傷口にそっと杖を翳す。


光の生命(ルミナス・ルブレス)


 軽傷を治療するための治癒魔法を発動させると、杖から魔法の成功を意味する青い光が放たれる。

 すると母親は思わず手を伸ばして、魔法の輝きに触れた。


「これが……魔法……」


 ゆっくりと傷が塞がり、女の子の膝に傷跡を残さずに済んだ。

 女の子は驚きの表情を浮かべ、恐る恐る動かしてみせた。


「もう、いたくない……!」

「立てますか?」


 親子を避難させるために動こうとすると、再びブレイドバードの方向が響き渡る。

 空から黒い影が舞い降りてくる様子が視界に入り、モンスターの援軍が迫っていることに気づいた瞬間。


地の源(ガイア・オリゴ)


 フェルの杖から発動された地属性の魔法が、空から地上へと舞い降りようとしたブレイドバードの胸に命中した。

 モンスターは鋭い叫び声を上げ、刃物のような翼を強く羽ばたかせて抗おうとする。でも、胸の痛みを逃がすための手段を持たないモンスターは、反撃の手段をなくしてしまう。


闇夜の魂(ノクトゥス・ソウル)


 ルトツィアの街に集合しようとしていたブレイドバードの群れは、フェルの杖から発動した闇魔法に包み込まれて視界不良に陥った。

 辺り一面に黒い霧のようなものが広がり、ブレイドバードたちは闇へと飲み込まれた。

 彼らの特徴である刃物のような翼は抗うための手段にはならず、モンスターたちは天に向かって舞い上がった。

 国の治安を維持するための存在が駆けつけるよりも早く、たまたま都市で食事をしていたフェルがモンスターを討伐した。


「ありがとうございます!」

「やっぱり、頼りになるのは魔法の力だな」


 建物の中に避難していた人々や、逃げ遅れた人々たちは、多くの賛辞と歓声と拍手をフェルに送る。

 都市に平和が戻ってきたことに安堵すると、フェルはぎこちない微笑みを人々に返した。


(フェルの力を必要としている人が、集るかもしれないってこと)


 フェルが無償でモンスターを退けてしまったら、魔法は無償で提供されるべきだと勘違いする人が現れても可笑しくない。

 言葉の意味を噛み締めた私は、フェルの手を引いて宿屋に戻ろうと足を動かそうとした。でも、私は自分が望む方向に足を動かすことができなかった。


「……さい」


 強い力で、腕を引かれた。


「助けてください」


 手は震えているはずなのに、私を掴んでいる手首の力は強い。

 抗おうとしても抗えないほどの強さで、私はフェルの元へ駆けつけることができない。


「家に……家に、病気の家族が……!」


 広場には、英雄が現れたという大歓声が広がっていく。

 でも、私が治癒魔法を施した親子はフェルに歓声を送ることなく、私に熱い視線を注ぎ続ける。


「治療費が払えないんです……」

「おかあさん……?」


 あんなにも大切に子どもを抱きかかえていたはずのお母さんは、いとも簡単に子どもを手放した。

 母親は膝をつき、祈るように手を合わせる。


「もう手の施しようが……」


 母親の懇願の声が、次から次へと私の聴覚に押し寄せてくる。

 子どもがお母さんのことを必死に呼びかけているのに、子どもの声は届かない。

 ただただ目には涙を浮かべ、手を震わせながら私に訴えかけてくる。


「聖女様の力で、どうか命をお救いください」


 その言葉を受けて、彼女は私が聖女候補のディアナだということを知っているのだと分かった。

 フェルが気にかけてくれたことは、現実となった。

 モンスターの襲来とは関係のないところで、魔法の力を欲する人が現れてしまった。

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