第1話「売上目標は、国家予算超え」
(どこからが夢……? どこからが現実……?)
次に目を覚ましたときには、体の重さが消えたことに気づいた。
鳥の囀りが心地よく聞こえ、窓から差し込む太陽の光が私の体を温めてくれる。
私はゆっくりと起き上がり、宿屋で朝食をいただくというフェルとの約束を果たすため、私はゆっくりとベッドから起き上がった。
(どこを好きになってくれたの……?)
でも、顔の火照りだけは治まってくれない。
自分の記憶が確かなら、フェルから《《好き》》という言葉をもらった。
(私たち、初対面だよね……?)
自分の記憶が確かなら、私のことが『大切』だとも言ってくれた。
(元聖女だから、優秀な遺伝子が欲しいとか……?)
どれが本当の記憶か、偽物の記憶か、よく分からない記憶に対して動揺してしまう。
それが子ども染みていると言われても、記憶と妄想の判断ができなくて恥ずかしさが抜けない。
「しっかりしろ、私!」
自分の頬をパチンと叩いて気合いを入れ直してみる。
いつまでも頭を過る言葉に照れていたら、これから宿屋の食堂で彼に会わせる顔がない。
「もう、大丈夫……」
「何が大丈夫?」
人間そう簡単に、気配を感じさせることなく人に近づくことができるわけがない。
それなのにフェルは、いとも簡単にやり遂げてしまうのだから私の心臓は忙しなく動く。
「おはよう、フェル……」
「おはよ、ディアナ」
宿屋の食堂前で足を止めていると、爽やかな笑顔を浮かべたフェルが背後から現れた。
彼と再会するのは数時間ぶりでしかないのに、彼と朝食を食べられることを心待ちにしている自分がいる。
誰からも必要とされなくなった私は、よほど人恋しい気持ちに駆られているのかもしれない。
「今度こそ、ちゃんとご飯食べよっか」
宿屋に併設されている食堂に足を踏み入れると、焼き立てのパンの香りが広がっているのが一瞬にして理解できた。
食堂の中央に置かれた長いテーブルには朝食の準備が整えられていて、そこから自分が食べたいものを選ぶという形式らしい。
「宿泊費に朝食代は含まれてるから、好きなだけ食べて」
聖女候補から落選したばかりの私には、まだ自由に使えるお金がほとんどない。
何から何までフェルにお世話になっている状況から卒業するために、あらためて開業医という道に進むことへ気合いを入れる。
「ありがとう、フェル」
「困ったときは、お互い様とか言うからね。気にしすぎない、気にしすぎない」
「うん、ありがとう」
病み上がりの私は中央テーブルから、野菜を使った温かいスープと口溶けが良さそうなソフトな食感のパンを選んだ。
「開業医って、どれくらい儲かるのかな」
「やってみないと分からないけど、二人が食べていく分には困らないんじゃない?」
スープには体を温めてくれる食材が入っているらしくて、一口含むだけで体が芯から温まっていくのを感じる。
「……売上目標は、国家予算超え」
「……は?」
宿屋を経営している人たちの心遣いに感謝の気持ちでいっぱいになりながら、パンを手に取った。
するとフェルは、私とは正反対に食事の手を止めてしまった。
「聖女候補って、世間知らず……」
「お金持ちになって、ざまぁみろって言ってやるのを当面の目標にしてみようかなって」
冗談みたいな夢を語っているように思われるけど、これが私にできる精いっぱいという気持ちを向かい側に座っているフェルに向ける。
「……国の王子に向かって?」
「クラレッド様だけじゃない。国の偉い人たち、みんなに向かって」
フェルの反応に怯むことなく、力強く首を縦に振った。
「私を聖女候補から落選させたこと、絶対に後悔させる」
フェルは片手で頭を抱えながら、溜め息を吐いた。
でも、その目には少しだけ未来への希望が宿っているような光を見た。
「そんな莫大な医療報酬を、患者さんからいただくわけにはいかないよ」
「私は、医療業界を滅ぼすほどの力を持つ魔女だから」
どんなに困難な道のりも乗り越えてみせる。
未来に期待しか抱いていない私は、フェルに理想的な笑みを向けることができている自信がある。
「私に、治せない傷も病もないから」
物語に出てくるようなお医者さんでもやらないような決めポーズ。
フェルは仕方ないなぁと言ってくれそうな複雑な笑みを浮かべてくれて、私も彼と一緒に口角を上へと向けた。
「それに、フェルが一緒にいてくれたら無敵だなって」
白衣を着こなす自分の姿が想像できないけれど、白衣を着慣れる頃には人の役に立つ自分になれていたらいいなと言葉に想いを込める。
「じゃあ、結婚する?」
「え?」
「こんなに素敵な旦那を手に入れて、ざまぁみろって見返すことも可能だと思うけど」
私の瞳は、これでもかっていうくらいが大きく見開かれたと思う。
「……そういうことは……こほっ、こほっ」
彼の言葉が耳に届くと同時に、私は思わず息を吞んだ。
「え!? ディアナ!?」
大きな声を出してフェルの言葉を否定しようという予定は狂い、慣れない大声を出そうとしたおかげで喉が悲鳴を上げる。
「喉に優しいお茶あったかな……」
「ごめんなさ……こほっ……」
フェルは咳から立ち上がり、中央テーブルに向かって歩き出す。
「はい、落ち着いて深呼吸」
「ありがとう……」
咳を抑えようとしている私に、フェルはお茶を差し出してくれた。
温かな飲み物を片手に心を落ち着かせていると、その平穏は突如として破られた。
近くから響く不気味な咆哮が、食堂の雰囲気を一変させた。
「モンスターかな」
「だと思うけど、都市にモンスターが出るのも珍しいな」
震えるように揺れる窓硝子の向こうに視線を向ける。




