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第4話「生涯をかけて、君のことを護り抜くなんて嘘」

「悪い話ではないと思うんだけど」


 勢いに乗って私の説得を試みていたフェルの視線は明るい未来を向かずに、私の手元に視線を注いだ。


「……フェル?」

「ディアナって、普段からそんなに少食なの?」


 急に話が逸れた。

 これから真面目な話や、これから訪れる未来の話が広がっていくと思っていたら、話は思わぬ方向に飛んでいく。


「あ……食欲……なくて……」

「もりもり食べる発言はどこ行ったの?」


 平気なフリをしていたつもりだけど、精神的に堪えていたのかもしれない。

 フェルの発言を受けて、食べなきゃいけない物も口に入っていかないと気づかされる。


「でも! ご飯を欲していたのは本当で、美味しいと感じているのも本当……」


 彼の顔が近づいてくる。


「な……何を……」


 私の額に、彼の額が当たる。

 狭い店内ということもあって、簡単に額をくっつけ合える距離に私たちは置かれていた。

 こんなにも顔を近づけてしまったら、フェルの瞳を見ずにはいられなくなる。

 瞳を見つめることは、こんなにも恥ずかしいことだったということを思い出す。


「ほーら、熱がある」


 人目も気にせずに何をしているんですかって、そんな言葉を返すつもりだった。

 でも、あまりにも恥ずかくて、気持ちを言葉にすることができなかった。

 いろんな感情が混ざり合っている私に対して、フェルは残してしまった料理をほかのお客さんに振る舞っていく。


「悪い、気がつかなくて」


 とても落ち着いた様子で、彼は店を出る準備を整え始める。


「フェルは……お医者さん?」

「治癒魔法はさっぱりの魔法使い……って、そういう話をしている場合じゃなくて!」


 フェルに背負われながら移動することに抵抗を示したものの、熱のある体で抵抗を続けるのはとても難しかった。


「朝から、治癒魔法……いっぱい使って……」

「それが聖女候補の仕事。ディアナは何も悪くないよ」


 フェルは宿屋に着くまで眠ってもいいと言ってくれたけど、もしもフェルが極悪人でまったく別の場所に連れて行かれるかもしれないと訴えることでフェルは私との会話を続けてくれた。


(本当は……悪い人だなんて思ってもいないけど……)


 フェルのことを疑って、眠らないんじゃない。

 私のことを介抱してくれるのが申し訳なくて、言葉を交わすことでフェルの気を紛らわせてあげたい。

 これは、そんなことを思っての会話。


「それで……フェルから逃げるときに汗をかいちゃったんだと思う……」

「はいはい、俺が悪かったですよ」

「うん……フェルの罠に……はめられちゃっ……」


 最終的には、歩くたびに訪れる適度な揺れの誘惑に負けてしまった私は意識を失ってしまう。


「ねえ、あの子だよ! あの子!


 あの子?


「あの子だって、あ・の・子!」


 あの子?

 どこの子?


「人の傷を癒す魔法を持っているんだって」


 町人Aどころか町人E以下として生きていくはずだったのに、神様は何を間違ってしまったのか私に治癒魔法の力を授けた。

 治癒魔法を使えるというだけで、私は世界各国から手が挙がるほどの有名人へと変貌を遂げてしまった。


「あれが、将来の聖女様候補ね」

「将来が約束されているなんて、羨ましい~」


 朝がやってきたことを教えてくれる太陽の光は綺麗に輝いて見えるのに、私を待っていた聖女候補選抜試験の毎日は少しも美しく見えない。


「こっちは努力しないと食べていけないのに……」

「絶対に、あの子。ほかの候補者のこと、見下してるよね」


 聖女候補たちの視線には嫉妬の感情が混ざっていた。

 向けられる視線の意味を知っていたからこそ、息を吸い込むことも、吐き出すことも、背筋を伸ばして歩くことも、私には少しだけ難しかった。


「ディアナの手は、人の命を救うためにあるんだね」


 夢の中で、次期国王になることが決まっているクラレッド様と会った。

 夢の中に出てきたのはフェルじゃなかったところが薄情な気もしたけれど、夢を操作することのできない私はクラレッド様との会話を続けていく。


「生涯をかけて、君のことを護り抜く」


 クラレッド様のためなら、この命すら惜しくないと思っていた。

 私の命を捧げることで、国民の命は救われる。

 国民の命を救うことに、私の存在意義があると信じて疑わなかった。


「私も……」

「ん?」

「この身すべてをクラレッド様に捧げることを誓います」


 夢の中で、私は泣いていた。


「ありがとう、ディアナ」


 そして、夢から目覚めた私も泣いていた。


「ディアナ、大丈夫?」

「フィル……?」

「正解。良かった、意識はしっかりしてるね」


 クラレッド様の幸せとは、どういうものだったのか。

 他人の幸せは、他人にしか答えを出すことはできない。

 外部の人間()がクラレッド様の幸せとは何かを考えたところで、永遠に答えは導き出されない。

 それでもクラレッド様の幸せがなんなのか考えてしまうのは、私の日常にクラレッド様が入り込んでしまったせいだと思う。

 クラレッド様のいる毎日が、私にとっての当たり前だったから。


「……好きだった?」


 熱を吸い取ってくれた木綿の布を交換するタイミングで私は目を覚ましたらしく、私は再びフェルと視線を交える。


「夢の中で、名前呼んでたよ」


 それだけを伝えて、フェルは冷たさを取り戻した布を私の額に置いてくれる。


「聖女試験って、衣食住は保証してもらえるけど……凄く過酷で」


 聖女に一番近い存在だともてはやされた私は、聖女候補の女の子たちに嫉妬と憎悪の標的にされてきた。


「クラレッド様だけが唯一、優しくしてくれたんだけど……」


 どんなに辛い聖女選抜試験も毅然とした態度で乗り越えてこられたのは、将来のアンスベルム国を担うクラレッド様がいてくれたおかげなのは間違いない。


「クラレッド様……みんなに優しかったの……」

「あー……だって、聖女候補って、どの子も将来のお妃様候補でもある……」

「そうだけど!」


 長い間、抑えてきた緊張の糸。

 もう聖女を目指さなくていいって、ほっとした瞬間。

 ついに緊張の糸が切れて、涙が頬を伝って流れ落ちるのを止められなくなる。

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