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第3話「魔法医学業界と医療業界の人たちは、今日も世界のどこかで言い争っている」

「こほん、失礼」


 わざとらしい咳払いをして、私の気を引く。


「……何が失礼か分かっていますか?」


 彼の表情を確かめるために、フードの中から彼の瑠璃色の瞳を覗き込む。


「えー……まずは、城から出てきたディアナの後をつけたこと……」

「犯罪です……それはもう、犯罪の領域です……」

「そんな差別的な目で見ないで……」

「見ないので、さっさと私の視界から消えてください」


 彼はしばらく沈黙し、深い息を吐いた。

 やっと私の言い分を認めてくれたらしく、今度こそ目的の場所へと足を運ぶことができると安堵したときのことだった。


「俺は、君を助けに来たんだ」


 足を止める。

 不審者の前で足を止めるのはいけないことだって両親から習ったような気もするけれど、私は変態の前で足を止めてしまった。


「世界を滅ぼすほどの力を持つ魔女……ディアナ・コートニー」


 私たちが出会ってしまったことを、運命と名づけてしまうのは簡単なこと。

 でも、このときの私は、簡単に交わることのない運命の赤い糸というものが、本当に存在するんじゃないかと思ってしまった。


「俺はフェル・ヴェスパル。君を助ける魔法使いってとこかな」


 私たちが出会えたことは、運命だったんじゃないかなって思ってしまうほどの真摯さを彼から手渡された。


「さ、好きなだけ食べてくれ」


 一軒の小さな料理店に案内される。

 木製の扉を開けると、暖かな雰囲気と共に美味しそうな料理の香りが私たちを包み込んだ。

 高層の建物ばかりが立ち並ぶルトツィアという都市に目を丸くさせてばかりだったけれど、フェルに案内されたお店は狭く、テーブルと椅子が数脚並べられている程度の規模だった。


「いただきます……」


 聖女候補だった頃の城での生活は、きちんと栄養が管理された食事を出されていた。

 こんな風に自分で好きなものを選んで、食べるという幸福を久しぶりに味わう。


「まあ、その細身な体じゃ、あんまり食べないんだろうけど」

「……食べます。もりもり食べます」


 色鮮やかな野菜が山盛りになっているサラダは胃の負担が少ないと思い、ゆっくりと野菜の甘みとみずみずしさを口いっぱいに堪能する。


「ついさっきまで高級な食べ物ばっか口にしてただろうから、味覚が庶民に馴染まな……」

「私は元々、庶民出身です」


 大皿に盛られた厚切りの肉や、魚の煮込み料理は、まだ口に運べるほどの余裕がなかったから遠慮した。


「そっ、か」


 フェルの反応が鈍くなったのを感じ、私は顔を上げて彼の表情を確認した。


「味覚が同じなのは嬉しいな」


 彼は、嬉しそうに笑っていた。


「味覚って……」

「俺のおすすめ、幸せそうに食べてくれてるから」


 まだサラダしか口にしていないけど、サラダに使われている野菜やサラダ用のソースの味が城で食べていたものとは違うことに気づいた。


「だから、味覚が同じなのかなって」


 お店で提供されているサラダが自分の舌を魅了しているのを感じると、私の口角は再び自然と上を向き始める。

 すると、目の前にいるフェルは笑みを深め、穏やかな表情で私のことを見守ってくれていたことに気づく。

 私は彼と視線を交えるのを拒んで、食事に集中しているフリをした。


「あの……魔女の話……」


 調査が終わるまで全財産を凍結された私に、フェルはご飯をご馳走してくれた。

 普通なら、それをありがたいことと捉えるべきだと思う。

 けど、世界を滅ぼすほどの力を持つ魔女と称されたところだけは、どうしても引っかかった。

 本題に入らなければいけないと思った私はティーカップに注がれた紅茶を口にして、彼の話を受け入れる覚悟を決める。


「はい、新聞」


 フェルはお店に置かれている一枚の新聞を私に手渡した。


「聖女様って、新聞読む暇もないくらい忙しいって聞いてる」

「……今朝は読んでいないだけです」


 聖女候補落選だけでなく、国から捨てられるという大きな出来事が同時に起きるという騒がしすぎる出来事の後。

 ゆっくり新聞を読む暇があるくらい心が広い女性だったら、もしかするとなんらかのかたちで私は城に置いてもらえたかもしれない。


「治癒魔法が滅びたとき、医療分野は栄えていく……」


 フェルから差し出された新聞には、ごくごく当たり前のことが大きな見出しとして取り上げられていた。


「こんなの今更、驚くようなことでも……」

「でも、新聞の記事になるってことは、いつか医療業界から治癒魔法を非難する日が来るかもしれないってこと」


 世界には神様から魔法の力を授かった人と、そうでない人たちが存在する。

 みんながみんな平等に治癒魔法の恩恵を受けられないからこそ、魔法を使わずに傷や病を治療する方法を模索する人たちがいるというのも理解できなくはない。


「魔法が使える人間からしたら、わざわざ人の手で治療を施す必要はどこにもないんですけどね」


 治癒魔法を頼ってくれたら何も問題は起きないけれど、無料で治癒魔法を提供するわけにもいかない。

 誰もが生活の懸かった毎日を送っているからこそ、魔法医学業界と医療業界の人たちは今日も世界のどこかで言い争っている。


「私は……医療業界を滅ぼすほどの力を持つ魔女ってことですよね」

「そんな日が来たときのために、今のうちにたくさんの人からの信頼を集めておこうって話」


 魔法と呼ばれる未知なる強大な力は、いつか滅びてしまうと言われている。

 神様が人間に愛想を尽かして、人間に魔法を授けてくれなくなったとか。

 人々が神様から授かった魔法を育てることができずに、枯らせてしまったとか。

 魔法が滅びる理由を議論している人たちもいるみたいだけど、議論をしたところで滅びるものは滅びてしまうと誰もが《《いつか》》が来ることを危惧している。


「世界を滅ぼす魔女なんて言わせない。治癒魔法は、人を救うためにあるんだって証を残したい」


 フェルは新聞の記事になったことで、魔法が滅びる日が近づいているという話が現実味を帯びていると考えた。

 治癒魔法が存在しなくなった世界で、医療術師が世界から追いやられることのないように彼は配慮してくれたということらしい。


「俺と一緒に、開業医をやりませんか?」


 それが願いが本物だとしたら、私はフェルを元いた平和な世界に帰さなければいけない。

 フェルの優しさに甘えていたら、いつまでもフェルとの関係を続けようとしてしまう。

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