第4話「傷が塞がらない」
(傷が塞がらない……)
焦りや不安に襲われそうな展開だけど、ここで混乱して治療を放棄するような軟弱な精神はしていない。
「治療ミス……治療ミスをしたんじゃないか!」
体から溢れ出てくる血液に怯えたパーティメンバーの一人が、大きな声を上げて騒ぎ立てる。
この場を乱すような大声は、周囲に同調という最悪な展開をもたらそうとする。
「やめて! やめてっっ! ぁ、いゃぁぁああ!」
拒絶を示す大きな悲鳴が自分の聴覚を叩き、私は治癒魔法の発動を止める。
「やっぱり治癒魔法なんて、信用できるか!」
「もし失敗したら、どうするんだ?」
「本当に治せるのか?」
治癒魔法の力を欲していた人たちとは思えないくらいの罵声が飛んでくるけど、医療術師の私は遠巻きたちの指摘に集中力を切らせるわけにはいかない。
(治癒魔法が効かない理由……)
治癒魔法を中断しても、治癒魔法を注ぎ続けても、重傷者の彼女は苦しむ一方。
体を抱え込むように震える彼女からは大量の血が溢れ、治癒魔法が効かない私は止血を優先することにした。
「止血封」
治癒魔法があれば、止血するための魔法なんて必要ない。
使用頻度がほとんどないような魔法を発動させるのに緊張したのは事実だけど、止血魔法は無事に青い光を放つ。
青い光を放つということは、止血するための魔法も成功しているということ。
(血は止まった。でも、傷が塞がらない……)
見知らぬ人たちの密やかな囁き声だけが広がっていく。
どんな傷も病も治すはずの治癒魔法なのに、目の前の患者を救う力になることができない。
(薬が必要……ううん、そんなに特殊な傷ではない)
治癒魔法を薬の力で支える機会がないわけではないけど、五十二階層をさ迷っているモンスターたちから受けた傷なら治癒魔法の力で十分。
(治癒魔法が効かない理由……ほかに思い当たる理由……)
無力な自分を鼓舞するために、手にぎゅっと力を込める。
自分では力を込めているはずなのに、なんだか頼りない握り拳に唇を噛み締めようとした。
「俺にできることは?」
自身の唇に傷をつけるのを止めてくれたのは、食堂に留まっていても良かったはずのフェルだった。
「っても、戦う系の魔法しか使えないけど」
唇を噛み締めようとしたのは私なのに、フェルは顔に悔しさを滲ませていた。
私の感情を代弁するかのようなフェルの表情に、大きな力をもらったような気がする。
「ありがとう、フェル」
人間には、得意不得意がある。
人間には、できることできないことがある。
そんな当たり前のことを確認し合ったばかりの私たちなら、ここで優先すべきは私が持っている治癒魔法の力だと判断できる。
「フェルに、お願いがあるの。ここにいる人たちを、この屋敷から逃がさないで」
いきなり医療術師の口から物騒な言葉が放たれて、ここに集っているパーティメンバーの人たちは顔を見合わせた。
事情を呑み込めないのは仲間の人たちだけでなく、フェルも同じ。
「オーフィアさん、次は呪術を解除しますね」
「っ、ぁ、ゃああああ!」
患者のオーフェアさんに声は届かなくても、フェルとパーティメンバーの人たちには私の言葉がはっきりと届いた。
呪術という言葉に反応した人たちは、次々と口を閉ざしていく。
「闇を解く光」
生きている人間をゾンビ化するのは、人のなせる業ではない。
けれど、生きている人間をアンデッドに装うことは呪術と呼ばれる禁断の魔法を使うことで可能となる。
(これを解除しないと、治癒魔法が届かない……)
呪術は禁じられた魔法とも呼ばれていて、その魔法を使用することで私たち魔法使いは罰せられる。
呪術の程度によっては死罪に問われることもある禁忌の呪を解除する機会が訪れたことに緊張が走るけど、フェルのような戦闘に特化した魔法を使えと言われているわけではない。
自分にできることをやっているに過ぎないと言い聞かせながら、私は呪術を解くために魔力を注ぐ。
「治癒魔法が効かない理由は、二つあります」
落ち着いて、ゆっくりと言葉を吐き出す。
この場に集っている全員が混乱を来しているからこそ、理解してもらえるような分かりやすい言葉を選ぶ。
「一つは、治癒魔法を使っても助からないことが確定している場合」
治癒魔法を拒絶するような罵声を浴びせてきた人たちだったけど、女性を助けたい気持ちは私と同じ。
パーティメンバーの人たちは、私が向けた視線を真っすぐに受け止めてくれた。
「二つ目は、アンデッドの場合です」
アンデッドとは、かつて命を持っていたものに魔法で生命を吹き込んだ存在のことを指す。
ゾンビや幽霊といった不死のモンスターがアンデッドに該当して、退ける方法に治癒魔法が用いられる。
「待って……じゃあ、オーフィアは……もう……」
残酷な真実を口にしようとしたのは、一番に助けを求めてきた少年。
このパーティの中では最年少であることに間違いはなく、幼いながらに懸命に頭を回そうとしていた。
でも、少年だけにすべてを背負わせるのはパーティの在り方として相応しくない。
「生きていますよ、大丈夫です。医療術師の私が、それを保証します」
助かるという確信があったからこそ、治癒魔法を使うことを選択した。
「だったら、なんで……なんで治癒魔法が効かないんだよ!」
このパーティの中で、真っ先に大きな声を上げるのは大柄の男性だった。
いつもなら、背中に担いでいる斧で仲間たちが進むべき道を切り開くだけの力があるはず。
何もできない自分に無力さを抱いているのは、この場で大勢いるということの意味を噛み締めていく。
「この女性に、アンデッド化する呪術がかけられている可能性があるのではないかと」
聖女候補だった頃の経験と知識を活かして、私は衝撃とも言える事実をパーティメンバーへと伝えた。




