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第3話「治癒魔法が効かない」

「お肉食べたら……治癒魔法、使えなくなっちゃうかも」

「世界には聖女候補になれなくても、医療術師って存在がいる。肉を食った医療術師、ちゃんと治癒魔法使ってるって」


 どんなに私が下を俯いたとしても、彼だったら言葉を返してくれるんじゃないか。


「自分で、自分の病や怪我を治すことができなくなったら……」

「自分の体に、治癒魔法を使えなくなるって最高。聖女なんて化け物染みた力持たなくても、人間らしい方がいい」


 フェルとは出会って間もない間柄のはずなのに、一緒に働いてくれる仲間(フェル)はいつだって私のことを支えてくれる。


「そんなこと言ったら、フェルが断罪されちゃうよ」

「俺みたいな庶民は、一生かかったって国に仕える機会はない」


 温かいスープを口に運ぶと、やっと味を感じられるようになった。

 やっと、フェルが私のために作ってくれたご飯の美味しさを感じられるようになった。


「さっさと掃除を終わらせて、お肉代を稼ぐために頑張るね」


 小さな瞬間の積み重ねが、仲間との絆を深めていくのだということを初めて知る。

 聖女選抜試験のときには知らなかったこと知って、聖女選抜試験のときには経験できなかったことを経験して、自分の体が喜んでいくのを感じる。


「俺としては、一緒に食べてほしいんだけど」


 食事を進めようと意気込んでパンに手を伸ばすと、聴覚が想像もしていなかった言葉を拾う。


「ディアナと一緒に、肉パーティがしたい」


 綺麗な顔立ちをしている人が、なんて口説き文句を投げかけてくるのか。

 開いた口が塞がらなくなりそうだったから、勢いよく自分の口にパンを詰め込む。


「ディアナが照れてる」

「フェルが、からかうから……」


 顔に溜まり始めた熱をどうしようかと視線をさ迷わせると、それすらフェルにはお見通しだから困ってしまう。


「屋敷の掃除、いつ終わるんだろ」


 疲れ果てた声を出すフェルに同調するためにも、高鳴る心臓を落ち着けようと大きく酸素を取り込んだ。

 でも、その吸い込んだ酸素は、フェルに言葉を向けるために使われることがなかった。


「誰か! 誰か、助けてください!」


 余裕のある表情で、ひとときの安らぎを感じていたフェルを恨めし気に見つめていたときのことだった。

 屋敷の扉が激しく叩かれ、緊迫感ある空気が一気に流れ込んできた。


「まだ患者の受け入れ態勢、整ってないのに……」

「私、行ってくる」


 フェルの言う通り、私たちの拠点になる古びた屋敷は清掃途中。

 とても人を招き入れる余裕はないけれど、助けを求めている人がいるのなら力を差し伸べたい。


「私たち、ダンジョン病院の職員だから」


 急いで扉を開け、全速力で玄関まで辿り着く。

 そこには、六人の冒険者の姿。

 少年が一人、成人を迎えている男性が三人、女性が一人。

 そして、一人の女性の重傷者を担ぎ込んできたことが一目で分かり、私は患者の元へと駆け寄る。


「先生、助けてください!」


 冒険者の一人である少年の体は震えて見えたけど、精いっぱいの声を私に向けてくる。


「どの階層で、負傷されましたか?」

「えっと、えっと……」

「落ち着いてください、大丈夫ですから」


 血まみれの若い女性は魔法使いのローブを身にまとっているけれど、そこに魔法使いの勇猛果敢さは存在しない。

 彼女の顔は蒼白で、息も絶え絶えだった。


「五十二……五十二階層!」


 少年も魔法使いのローブを着ていて、深い紫色のローブには金色の意図で施された刺繍。

 ローブに刺繍を施すだけの資金力があることが分かり、まだ幼いながらに強大な力を持つ魔法使いだということを察する。


(五十二階層に生息するモンスターに、魔力を持っているタイプはいない)


 魔法を行使してくるモンスターが生息する階層では、毒や麻痺といった状態異常の可能性も考えなければいけない。

 でも、特殊な力を発動させるモンスターが存在しないと判断し、通常通りの治癒魔法を発動させるために治療計画を組み立てていく。


「ごめんなさい……ごめんなさい……私の治癒魔法が未熟で……」


 柔らかな金色の髪の女性は緑のフレームの眼鏡をかけていて、銀の刺繍が施されている純白のローブを身にまとう。

 彼女は魔法使いの少年以上に、手足が震えに襲われていた。


「もう大丈夫ですよ」

「ごめんなさい……ごめんなさい……」


 何度も謝罪の言葉を繰り返す女性が、このパーティの治癒を支えてきたということらしい。

 涙を溢れさせる女性を見て、彼女でも治療できないほどのことが起きていると悟る。

 自然と拳にぎゅっと力が入り、私がやらなければ目の前の女性は助からないと覚悟を決める。


「患者さんの、お名前は?」

「オーフィア……」

「ありがとうございます」


 少年のか細い声を聞き取って、私は患者の名を呼ぶ。


「オーフィアさん、腕に触りますね」

「っぁ、ああああ!」

「今から、治療に入りますよ」


 腕に、かなり深い切り傷があることを確認する。

 なんでもかんでも治癒魔法で治療すればいいというものではなく、傷や病に応じた治癒魔法を選ばなければいけない。

 大きな傷に威力の低い治癒魔法を使っても、傷を塞ぐことはできない。

 小さな傷に強大な治癒魔法を使ってしまうと、痛みを感じないような人間を誕生させることに繋がってしまう。


(医療に絶対はないけど、絶対に助けてみせる)


 自分が使用する治癒魔法の効果を調整するために意識を集中させて、威力が強大な治癒魔法が働くようにイメージを膨らませていく。


再生の炎リーズブレイブネーション


 傷口に杖をかざすと、青い光が放たれていく。

 この淡い青こそ、治癒魔法が成功した証。


(このまま治療を続けていけば……)


 魔法の力が患者の体に浸透するように祈りを込めるけど、ここで患者の身に異変が起きた。


「っ、あぁ! やめてっ! やめてっっ!!」


 治癒魔法が発動しているにもかかわらず、なぜか女性の傷は回復する兆しすら見せない。

 私が治療を行っている患者の顔が苦痛に歪み、汗が額から滴り落ちていく。

 彼女の悶え苦しむ様子は尋常ではなく、患者の呼吸は荒くなる一方。


(治癒魔法が効いてない?)


 冒険者の彼女が大量の出血を伴うほどの大怪我を負っているのは一目瞭然なのに、肝心の治癒魔法は彼女の痛みを取り除いてはくれない。

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