第2話「聖女は純血であらねばー、という設定」
「五十階層より先って……その、危険なんだよね」
危険を口にするのも、はばかられるような雰囲気が漂っている。
けど、事実から目を逸らすようなダンジョン病院の職員は、この場に必要ない。
私は勇気を出して、真実と向き合うことを決める。
「五十一階層からは、戦い慣れしてる人でも死を覚悟する必要がある」
楽しい食事の時間だったけど、フェルは重々しい口調で告げてくる。
「確かに二十階層ごとに宿泊施設はある。でも」
「医療術師が待機してない宿泊施設の方が多い、だよね」
たとえ元聖女候補だったとしても、聖女選抜試験で培ってきた知識は頭の中に詰め込まれている。
私はフェルとの食事時間を楽しいものに戻すため、なるべく前を向いた声を発するように心がける。
「深いところまで進む冒険者は、大抵が百階層にある病院を目指す」
「百階層の病院の負担を減らすってなると、忙しくなりそうだね」
医療術師が多忙になるということは、良くない状況を招いているということでもある。
でも、ダンジョンでは積極的に医療術師が待機している病院を頼ってもらわなければいけない。
「信頼ある医療術師になるためにも、ちゃんと食べないと」
「その考え、いいと思う」
ダンジョン病院という場所を、冒険者にとっての希望に変えていかないといけない。
医療術師の力が必要という絶望ではなく、医療術師がいるから大丈夫っていう安心感を冒険者に与えたい。
「私たちも、人員の確保は課題かな」
「二十四時間ずっと働くわけにはいかないからなー……」
ダンジョンでの食事で、新鮮な野菜を使ったサラダや香ばしいパン。
そして、お手製のスープを口にできる感動を噛み締めながら今後についての話を進めていく。
「病院に待機するチームと、冒険者の元に駆けつけるチームの二つを稼働させるのが理想」
「私、そんなにお給料払えるかなー……」
「病院長が、弱気になってどうすんの」
「だって、今、手持ちが、おじいちゃんとおばあちゃんの仕送りしかないから……」
魔法学園を卒業しているはずのフェルは、魔法使いとして私より稼いでいるのは容易に想像できる。
いま口にしている食事だって、フェルのお世話になってしまっている状況。
「せっかくなら、俺は贅沢できるくらい稼ぎたい」
「それは私も望んでるけど、医療業界って意外と儲からないよねー……」
「夢くらい見たい」
赤字を抱えている医療機関が多いことを考えると、治療する患者の数を増やしていくしか生存方法はない。
冒険者の数が減っている昨今、ダンジョン病院でどれだけ稼ぐことができるのか。
ある意味では論文が書けてしまいそうなことを、私たちは取り組んでいかなければいけないということ。
「そろそろ肉、食いたいから」
二番目の聖女として扱われてきた日々が、思いのほか心の傷になってしまっていた。
後ろ向きに物事を考えてしまう私に反して、フェルは私に前向きになる言葉を必ず与えてくれる。
「……お肉って、美味しい?」
だったら、私も少しでいいから、昔のような前向きさを取り戻していきたい。
そう思って、自分の体が喜ぶように、目の前に用意された食事を順番に食していく。
「そっか、聖女候補は殺生が駄目なんだっけ」
「設定上はね。信仰心の強い年配の人とか、聖女は純血であらねばーとか、よく言ってたよ」
誰が研究した結果なんだとツッコミたくはなるけれど、聖女候補は純潔でいればいるほど力が強くなると言われている。
よって、命をいただくという印象が強い魚とお肉は聖女候補の食事では使用されない。
「ちっちゃい頃に治癒魔法を覚醒させちゃったから、物心つく頃にはお肉もお魚もテーブルには並ばなかったかな」
さすがに幼い頃の記憶を辿るのは難しいけど、治癒魔法に目覚めた私に対して熱心な愛情を注いできた両親を見てきた。
だから、きっと私は魚とお肉を口にしたことがないのだと思う。
「待ってて。お肉パーティができるくらい、お給料奮発しちゃうから」
食事の美味しさが、掃除の疲れを癒してくれる。
それと一緒に心も満たされたような喜びに包まれていると、フェルが食事の手を止めている様子が視界に入ってきた。
「ディアナって、いつまで二番目なの」
フェルに視線を注いでいたことに気づかれて、私とフェルは視線を交える。
「えっと……今の聖女様が引退されて、次の聖女試験が始まるまでかな」
一概には言えないけれど、聖女様は婚姻されるときに聖女の職を引退されることが多い。
現役の聖女様の引退が発表されると、聖女候補たちの二番目、三番目という序列も解かれることになっている。
「聖女様が亡くなることなんて滅多にないけどね。二番目なんて立場、あってもなくてもいいもの……」
「なんで、今の聖女様にディアナの幸せまで縛られなきゃなんだろ」
「それは……私が二番目だから」
フェルの言葉に、すぐ言葉を返すことができなかった。
答えに間ができたことに気づいた私は、すぐに次の言葉を用意する。
「私は、聖女様に何かあったときの代理……」
「三番目とか四番目とか、ディアナ以下の人間。今頃、好きな物食べて、好きな生活送ってるって」
「それは、二番目の私がいるからで……」
「二番目は、いつまで経っても幸せになれないわけ?」
フェルの言葉に怒りの気持ちが含まれていると気づいたから、私は手元の食事へと目を向けた。
野菜の甘みが引き立つスープを口に含んだはずなのに、そのスープの味が感じられなくなって焦る。
「なれるよ。聖女様が婚姻されるときには……」
「それは聖女様が幸せになるタイミングであって、ディアナには関係ない」
「っ」
フェルとの食事を楽しむはずだったのに、食事の場が不穏な空気に包まれていくのが分かる。
午後も屋敷の掃除が控えているのに、ちゃんと元気を取り戻すための食事ができるか不安になる。
「聖女試験を受けた人の宿命みたいなものだから。序列つけられるのが嫌だったら、聖女試験を受けるなって話で……」
「ディアナに、肉パーティ参加してもらう」
俯いてばかりいた自分。
聖女試験に落ちた惨めな私を救ってくれるのは、いつだって自分と一緒に働くことを決めてくれたフェルだった。




