第2話「初対面の男性からの最も不快な求婚」
「ほら、これがおまえの荷物だ」
つい数分前まではディアナ様と呼んでくれた人たちの態度が急変して、私はクラレッド様たちの拠点である城を追い出された。
「……お世話になりました」
そして、銀行口座も一旦凍結された。
不審なお金が動いていないか調べるとかなんとか。
最も聖女に近い存在と呼ばれてはいたけれど、国からの信頼は微塵も得られていなかったんじゃないかと疑いの眼差しを向ける。
(たった今から、無職……)
私以外の聖女候補の少女たちは、聖女に選出されたポリーが聖女として定着するまで彼女を支えていくことになる。
それなのに私は、聖女候補の中から真っ先に排除された。
国は相当、体の弱い私に頭を抱えていたということらしい。
「今日は、何を買おうかしら」
「欲しい物、全部、揃えちゃったのよね」
多くの商店が立ち並んでいる都市を見渡すと、これからの買い物に期待を膨らませている人や今日の買い物に満足いった人。
心の底から買い物を楽しんでいる人たちの笑顔が視界に映り、人々が日常を満喫していることが分かる。
(私は、どんな人生を歩めば……)
足を、一歩先へ踏み出すことが怖い私。
足を、一歩先へ踏み出すことが楽しみな人々。
対照的だった。
(なんで、あんなに楽しそうに生きられるんだろう……)
元聖女候補にだって、怖いものはある。
また『《《あなたは必要ありませんでした》》』通知なんて受け取りたくない。
聖女になれなかったあなたは不要です宣告なんて、もう二度を受け取りたくない。
(治癒魔法は、必要とされる魔法……)
国から捨てられたからといって、別に治癒魔法が滅んだわけでも自分の中から消滅したわけでもない。
職には困らないとは思うけれど、私は聖女候補として十年以上の年月を過ごしてきた。
そして、次期聖女候補だと国中の話題を掻っ攫ったくらい、世の中に顔が知られてしまっている。
(そんな私を雇ってくれるとことがあるのかな……)
あちこちの医療現場で、治癒魔法は必要とされている。
でも、聖女に落選したという事実は大きい。
聖女になれなかった《《あの子》》の魔法の質は、本当は悪い力の持ち主なのではないかと噂が一気に広まってしまうのは容易に想像できる。
聖女に落選した理由を根掘り葉掘り聞かれることは間違いなく、そのたびに私は雇用主の顔色を窺わなければいけなくなるのかもしれない。
「とりあえず、職業案内所……」
なるべくフードの布を引っ張って、見えそうで見えない顔を必死に隠す。
身を潜めながら生きていくしかないと思っていたけれど、久しぶりに歩く石畳の道に自然と顔が綻んでしまった。
(外の空気、美味しい)
食べて寝て、治癒魔法を使うだけでいいという待遇の良さがあったのは事実。
でも、城の外で吸い込む空気に新鮮さを感じたということは、国から自由が奪われ、管理されてきた時間が、あまりにも長かったということでもある。
(十年……か)
これからは自由に生きてもいいですよと言われたところで、どこへ行っていいのかも思い浮かばない。
まずは生きていくために職を探すところからというのは分かっていても、それ以外の自由な時間の使い方を元聖女候補は知らない。
(十年前と比べると、街もいろいろ変わってるよね)
城から一番近いルトツィアという、思わず噛んでしまいそうな名前の都市を訪れた。
行商人が大声で商品を売り込む姿はなく、空に向かってそびえ立つような高層の建物ばかり。
都市のどこを見渡しても新鮮さしか感じず、都市の観光に時間を費やしたいという好奇心に駆られる。
でも、手持ちのお金がほとんどない私は明日、食べるものも住む場所にも困る身。
呑気に観光旅行をしている場合ではないと、職業案内所の看板を探そうと辺りを見渡そうとしたときのことだった。
「ディアナ・コートニー!」
街の人たちに知られたくない自身の名前を、大きな声で叫ばれてしまう。
「ディアナ!」
静かに歩を進めていくつもりだったのに、背後から大きな声が響く。
こっちは心臓が跳ね上がりそうなくらい心音が速まっているのに、彼はそれを知りもしないで私の名前を呼んでくる。
「っ」
一刻も早く彼から逃げるために、私は背後から声をかけてくる男の人を無視することを決めた。
職業案内所の看板を見つけることができなかった私は都市を適当に歩き回ることしかできないのに、男性はしつこく私の後を付いてくる。
「ディアナ」
こっちは速足で進んでいるつもりでも、脚の長い男性はなんの苦労もなく私に追いついてしまう。
速足で進んでいるはずなのに、脚の長さが違うだけですぐに追いつかれてしまうなんて理不尽極まりない。
「ディアナ・コート……」
「声、大きい……です……」
なんとか他人のフリをしようと努めたけれど、その他人のフリをすること自体が難しいと悟る。
周囲がざわつき始めるのを感じ、私は背後にいた彼の方を振り向いた。
「ディアナ・コートニー」
周囲の人々の視線が集まるのを感じて、更にフードの布地を引っ張って顔を隠す。
そんな私とは対照的に、彼は朗らかな笑みを浮かべて私のことを迎え入れた。
黒曜石のような深い黒髪が風に靡き、瑠璃色の瞳は嬉しそうに私を見つめてくる。
「俺との間に、子を授かってくれないか……」
「気持ちが悪いです……」
初対面の男性に最も不快な求婚を受けた私は安全な場所に身を置こうと、再び彼と距離を取るために足を急がせることを決めた。




