第6話「体が痛みを感じなかった理由」
『ディアナ様、下がってください』
努力したところで、未来は変わらなかった。
聖女になるために努力が必要なのは本当だけど、私は未来を変えるほどの努力ができなかったという現実を受け止める。
『アンスベルム国の聖女に選出されました、ポリー・ドライアナと申します』
二番目に待っていたのは、独りぼっちという過酷な日々。
会う人、会う人、聖女になれなかった人だって声をかけてくる。
「聖女試験、頑張ってね!」
「聖女になったら、俺の治療してよ」
「応援してるからね~」
聖女試験が始まる前には、声をかけてくれる人がいた。
聖女になったら、こんなことをしよう。あんなことをしようって提案してくれた人たちは大勢いた。
それらはすべて社交辞令だったかもしれないけど、妬みの裏側で私を支えてくれた人たちはいた。
(妬みも、憧れも、全部、背負ってきたけど……)
それらはみんな、私が聖女になる直前の話。
聖女になれなかった私には用がなくて、みんながみんな私の傍から離れていった。
二番目が決定したのと同時に、私はいじめられる価値もなくなった。
二番目が決定したのと同時に、私に優しくしてくれた人たちもいなくなった。
みんなが興味を持っていたのは私じゃなくて、私が使う治癒魔法だったんだ。
それに気づいたのは、聖女選抜試験に落選してからのことだった。
「私、は……」
独りぼっち。
あのとき声をかけてくれた人たちは、今どこにいますか?
「独り……」
どこにも行っていないけど、単に私との距離が開いてしまった。
城の外に出るという、聖女選抜試験の候補者にとっては新しい門出。
聖女候補者にもいつか、城を出る日が訪れる。
「やらなきゃ……行かなきゃ……」
だったら私も、新しい門出を向かえないと。
私も私で、新しい友達を作りたい。仲間と出会いたい。
だって、友達も仲間もいなかったら、私はまた独りぼっちになる。
「……たい……」
「ディアナ?」
「役に、立ちたい……」
「ディアナ……」
フェルの声が聞こえてくるのに、涙が邪魔をしてフェルの顔を見ることができない。
「二番目だって、役に立ちたい……」
「うん」
「二番目だけど、役に立ちたい……」
「うん」
手の甲で目元を擦って、溢れ出てくる涙を自分で拭い去ろうと努める。
それなのに、いつまで経っても涙を拭いきることができない。
こんな弱虫な姿をフェルに曝け出したくないのに、止まってくれという私の命令を無視して涙がとめどなく溢れてきてしまう。
「ディアナは役に立ったよ」
「立って……ない、よ、ごめ……っ」
涙を堪えてきた日々が長かったせいか、城を出てからの私は泣き虫へと変貌を遂げてしまったらしい。
私の使命は、私を助けてくれたフェルの力になること。
それなのに、その助けになりたいって願いを果たすことができない無力感に苛まれる。
「俺たちが生きてるの、ディアナのおかげ」
「生きて……?」
ここは、夢の世界なのかもしれない。
これは、夢が見せる都合のいい展開。
戦う力を持たない私が、大量のモンスターに襲われたフェルの助けになるわけがない。
フェルは優しい人だから、夢の中でも優しさを振りまきながら登場してくれたのかもしれない。
私が感じている孤独を、フェルは夢の中でも拭おうとしてくれる。
「ずっと謝ってばっかいると、癖になる」
私の顔に手を伸ばしたフェルが、零れ落ちそうになった涙を指先で拭い取る。
その仕草はとても優しく、もう自分を責める必要はないという安心感が心に広がっていく。
「昔っから、何も変わってなさすぎ」
涙で滲んだ視界に、彼が微笑んでいる様子が映る。
彼の膝の上で流す涙は弱さの露呈ではなく、赦しのようにも思えた。
(……ん? 膝?)
見上げると、フェルの柔らかな微笑みが私を待っている。
「…………っぁ!」
幸福と不幸を同時に経験した聖女選抜試験での生活。
私が言葉を交わしているのは、聖女選抜試験に落ちたことも受け入れてくれる彼だと意識をすることで私の脳は覚醒した。
「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」
ふと意識を取り戻すと、体が痛みを感じなかった理由に気づく。
あまりに急いで体を起こしてしまったために、彼の額と自分の額をぶつけてしまいそうになった。
「ディアナ、大丈……」
「大丈夫……です……」
落ち着いて、辺りの状況を確認する。
私は、今までどうやって体を横にしていたのかを確認する。
「え……あの……その……私、膝枕を……」
「男が膝を貸しても、寝心地悪いだけだよね」
私を退けることなく、柔らかい笑みを浮かべて私を見つめるフェル。
あの日、あのとき、私を救いに現れた彼が、私を迎えてくれた。
「そんな、幽霊を見たときのような顔をしなくても……」
しっかりと瞼を上げると、そこには相変わらず綺麗な顔立ちのフェルがいた。
頭が柔らかな感触に包まれていたのは、自分が彼の膝の上に頭を乗せていたから。
「ごめんなさい、ごめんなさい、本当に申し訳ございませんでした!」
驚きと恥ずかしさでいっぱいになった私は、急いでフェルから距離を取る。




