第5話「実力というものに、差があった」
「部隊が帰還したぞ!」
ここが天国なのか地獄なのか判断できないくらい意識が遠ざかったこともあって、私の記憶は聖女を目指していたときの頃まで遡っていった。
これが走馬灯というものかもしれないけど、走馬灯にしては思い出すのも嫌になるくらいの過去の出来事が私の記憶に襲いかかってきた。
「序列の低い候補者は使えないな」
秘宝探索に向かった人々を治癒するのが、聖女候補の少女たちに与えられた役割。
いつもならダンジョン内で治療は完了してしまうけれど、深夜の空に満月が浮かび上がったあの日は特殊だった。
血に塗れた人々が門を抜け、城で待機していた序列の高い聖女候補の少女たちはざわめいた。
「再生の炎」
大広間は柔らかな青い光に包まれ、治癒魔法の詠唱の声が響いた。
普段は陰で蹴落とし合いをしている少女たちは力を合わせて、部隊の回復に努める。
でも、国は、彼女たちの努力を認めてはくれない。
「何をやってる! 早く治療しろ!」
「っ、ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」
治癒魔法を使うことができても、身体を回復させる速度は人それぞれ。
聖女に近いと言われている少女たちの回復速度は驚異的で、最も聖女に近いと言われていた私ですら目を見開いてしまう。
それだけ聖女候補者たちは、実力というものに差があった。
「聖女になりたいんだろ!?」
未来の聖女候補に向ける言葉じゃないような怒号が飛び交い、聖女候補者の少女たちは血液の匂いと救わなければいけない命への重圧に怯えていた。
「あ、あ、あ……私には、私にはできない……」
痛みに歪んでいた騎士の治療を終えた私が周囲を見渡すと、一人の聖女候補者が震える手をぎゅっと握り締めていることに気づいた。
その場に立ち尽くしている暇はないのに、患者から溢れ出る血液が彼女の視界を覆い尽くしてしまったのだと察する。
「私が代わります!」
「ディアナ、様……」
治療を変わると申し出た人間が体の弱いディアナだったことに、国の地位高き人々は明らかに戸惑いの表情を浮かべた。
いつ倒れるかも分からない私に治療をさせたくないという気持ちが伝わってきたけれど、私には目の前の命を救わなければいけないという強い信念があった。
「再生の炎」
癒しの青い光が大広間を照らすことで、確かに目の前の命は救われている。
それなのに、聖女候補の少女はいつまで経っても顔から不安の色が消えない。
「できない……できないよ……」
彼女は目を閉じ、深く息を吸おうとする。
でも、やっぱり彼女の呼吸は浅いまま。
体に酸素は行き届かず、彼女の体を不安が支配していくのを感じる。
「自分の魔力が足りないときは、アイテムの力で補助する方法もあるんですよ」
「聖女が、そんな……アイテムを利用することが許されるとでも思ってるんですか?」
治癒魔法を行使すれば、救える命がある。
それなのに彼女は、聖女という理想像を体現することを優先させた。
「ディアナ様、ほかの聖女候補に変な入れ知恵をしないでいただきたい」
「……申し訳ございません」
国の偉い人たちは、体が弱い聖女候補のことがやっぱり嫌いらしい。
一人でも多くの人を助けるために授けた知識を叱咤され、私は黙々と治癒魔法を注ぎ続ける道具のような作業を任された。
(みんなで、聖女になれたらいいのに)
蹴落とし合いが、苦手だと思った。
蹴落とし合いなんて、自分には向いていない。
聖女候補の少女たちと仲良くしたいと思っても、世間はそれを許してはくれない。
最後まで自分らしくを貫きたかったけれど、聖女に最も近い少女と仲良くしてくれる候補者は現れなかった。
聖女になることができるのは、聖女になるという夢を叶えることができるのは、数十人いる少女の中のたった一人だけだから。
「二番目になったら、意味ないのにね」
「寵愛を受けられるのは、たった独りだけだって分かってないんじゃない?」
「いい子ぶっちゃって、嫌い」
類い稀な才能の持ち主は、一目置かれる存在になることができる。
でも、その才能は、周囲からのやっかみや嫉妬の対象になることを私は自分の体験を持って知っていく。
「神様、才能を授ける人間を間違えたんじゃない?」
「いい子ちゃんのフリをしたって、聖女になれなかったら全部、無意味ですよー」
神様がどういう基準で、この世に生を授かった子どもたちに魔法の才を提供しているのかは分からない。
だけど、治癒魔法は誰もが使える力ではないからこそ、治癒魔法が持つ魅力を大勢の人たちは知っている。
「私も、あの子の力を授けてもらえてたらなぁ」
「生まれたと同時に、神様に選ばれたってことだもんねー」
心ない声が耳に届くようになったけど、すべては聖女になるためだって受け入れてきた。
聖女候補者たちの声を聞くことができない人間に、国民の声なんて聞くことはできない。
すべては聖女になるための試練だと言い聞かせながら、聖女候補者たちの言葉はすべて受け入れてきた。
「努力もしないで、聖女様の道に進めるなんて……」
違う。
夢を叶えるために、努力は必要。
「本当に羨ましいよねー」
本当に羨ましい?
治癒魔法の使い手には需要があっても、聖女になれなかった二番目は落ちこぼれとして名が知れ渡るのに?
(聖女になれば、みんな、きっと私のことを認めてくれる……)
人は、他人を妬む生き物。
嫉妬という感情は、治癒魔法を使える人間を崖の外へと突き落とす。
自分の力は人々を救うためにあるのに、その力は人との距離を広げてしまう。
「よーしっ、到着っ」
「今回も楽勝だったな」
ダンジョンで秘宝探索を行っていた部隊が帰還し、城内には歓喜の声が響き渡った。
「あ……みなさん、おかえりなさい」
破かれた教科書。
落書きされて、読めなくなってしまった参考書。
大事な連絡事項は伝わらないように隠され続け、聖女候補としての生活は次第に不利な方向へと導かれた。
「パーティメンバーに治療してもらったから、ディアナ様は部屋に戻っていいよ」
「ディアナ様の力を借りるなんて、恐れ多いって」
「……ごめんなさい」
肉体的なダメージを与えられないだけ良かったのかもしれないけど、そうとも言い切れなかった。
だって、無いものだらけの聖女選抜試験を過ごしてきた私が社会に出たところで、誰かの役に立てるわけがないのだから。
「……役に立てなくて、本当にごめんなさい」
誰も拾ってくれないと分かっていても、独り言ってものは自然に溢れてしまうものだった。
聖女候補生たちは私になんて構っている暇がなくて、私が独りでぶつぶつ言っていたところで誰も気にも留めない。
「本当に……ごめんなさい……」
その現状をありがたいと思うのか、寂しいと思うのか。
どっちの感情が私を支配しているのかよく分からないまま、私は聖女選抜試験で最も聖女に近いと評価されるところまで辿り着くことができた。




