第4話「嫌な予感というものは的中してしまう」
「戦う人たちがいるって、心強いね」
「それは、どうも」
人気がなくなることに心も体も冷え込んでいくのを感じるけど、隣を見ればフェルが傍にいてくれる。
自分の隣に、こうして言葉を返してくれる人がいることの心強さが、私の心と体に熱を戻してくれる。
「っ、フェルっ!」
「ん、気づいてる」
ある意味では、不吉な展開だと思った。
モンスターの息遣いすら感じられない環境下は長く続かず、平和な時間はあまりにもあっけなく終わりを迎えた。
(気配、感じ取れなかった)
低い唸り声が聞こえ、湿り気を帯びていた空気が微かに震える感覚に恐怖を覚える。
いきなりモンスターとの戦闘が開始されるなんて不吉だと思考が後ろ向きになることもあるけど、ここはダンジョンと呼ばれるモンスターの生息地だってことを思い出して心を冷静に保つ。
「二頭くらいなら、なんとかなる」
「フェル! 援護するよ!」
目の前に現れたモンスターの名前は、ダンジョン未経験の私でも記憶しているくらいの危険種。
ウォークバウトという生き物は、見た目だけならフェルの髪色に近しい深い黒色の毛並みを美しいと思う。
でも、背中から生えている真っ黒な翼は、ウォークバウトのおぞましさを増幅させている。美しさを感じたのなんて、ほんの一瞬で終わってしまった。
「樹の捕縛縄」
モンスターを捕まえるときには有効の捕縛の魔法も、素早さの勝るウォークバウトを捕らえるまでには至らない。
だけど、やっぱりフェルは戦闘慣れしている。想定外の出来事が起きたとしても、フェルは次の手を考える余裕があった。
(これが、守るための魔法)
考えていたものが駄目なら、次のパターン。
次のパターンが駄目なら、別のパターンといった具合に、フェルは次から次へと攻撃の手法を変えていく。
(それでも、治癒魔法を送り続けないと)
私はウォークバウトの攻撃が届かない場所で、フェルが受けた傷が深くならないように治癒魔法を送り続ける。
(今までと違って、押されてる……)
自分の治癒能力だけで乗り切らないといけないっていう不安が、初めて生まれた。
どんなに押されていたって、フェルの魔法の火力は相当なもの。
フェルの力があれば、この場は必ず乗り切れると信じられる。
(でも、フェルの傷を癒せるのは私しかいない)
ウォークバウトを退けることができたって、フェルに深い傷を負わせてしまったら意味がない。
魔法を使う際に必要な魔力が底なしだったらいいけれど、いくら元聖女候補だからって底なしの魔力なんて持ち合わせていない。
(魔力の配分と、あと考えることは……)
振り返ることができない、背後の様子。
(背後から襲われたら、対処できない)
目の前で戦闘を繰り広げているフェルは、恐らく私の背後が視界に入っていない。
私が背後からモンスターに狙われて、挟み撃ち状態になってしまう最悪な状況を妄想してしまう。
恐れている事態が起きたら、この人気のない階層で私たちの遺体を回収してくれる人たちは現れない。
(フェルを死なせないために、私がいる)
私が死んだところで、元聖女候補が亡くなったくらいにしかならないかもしれない。
でも、私は、私のために力を貸してくれたフェルを生かすっていう使命がある。義務がある。
フェルに生きてもらうには、治癒魔法の使い手が生き残らなければいけない。
「はぁー……」
盛大な溜め息を吐く。
それにも理由があって、私の嫌な予感というものが的中してしまったから。
背筋に感じる冷たい視線は確実に私を射止めるかのような圧を持っていて、後ろに何かいると分かっていても振り返る勇気が湧いてこない。
「戦う力がないって、辛いなー……」
かと言って、私の勇気が湧いてくるのを待っていたら自分は死んでしまう。
そう思った私は、勢いよく後ろを振り返った。
勢いをつけてしまえば、もう怖いものなんてない。
そんな意気込みを持って挑んだけれど、現実は生易しくできていなかった。
「せめて、アンデットのモンスターなら良かったんだけど」
新たに現れたウォークバウトは五頭。
フェルが戦っているウォークバウトを足すと、ここには全部で七頭のウォークバウトが私たちを狙っていることになる。
「どうする……? 私は、何もできない……」
不死のアンデッドモンスターと対峙しているのなら、治癒魔法で大きなダメージを与えることが可能。
でも、目の前にいるウォークバウトは獣型のモンスター。
喜んで治癒魔法を浴びにやって来そうな獣型モンスターと対峙しながらも、私は少しずつウォークバウトとの距離を開く。
(モンスターの数を減らす方法……)
次第にフェルが戦闘を繰り広げている場所との距離が縮まっているのが分かって、この五頭のモンスターをフェルに近づけることの危険性をひしひしと感じる。
(どんなに願ったところで、私が使えるのは治癒魔法しかない)
ここで、一発逆転の奇跡なんて起こらない。
それでも元聖女候補の意地ってものを見せたいと思ってしまうのは、ちやほやともてはやされた時間に少しでも幸福感を抱いていたからなのかもしれない。
「再生の炎!」
叫びと共に、最大級の治癒魔法を発動させた。
「フェル! 目を閉じて!」
目を開けていられないくらいの眩い光が自身の杖から溢れ出し、その治癒魔法はフェルだけでなく、私たちに襲いかかってきたウォークバウトまでもを包み込んだ。
フェルが与えたダメージが台無しになってしまうような治癒魔法の使い方をしてしまったけれど、これこそが私の望んだ展開だった。
「ディアナっ!」
「は、っ、フェル……、早く、逃げ、て……」
辺り一帯を包み込む眩い光は、ウォークバウトの視界を奪うことに成功した。
そうして私は大量の魔力を消費した結果、その場で意識を手放してしまった。
治癒魔法が戦闘の中で真っ先にいなくなるという、最もやってはいけないことをやらかしたと叱咤されるかもしれない。
でも、私はフェルに逃走するための時間を与えられたら、それだけで自分の人生には価値があったと誇りに思うことができる。




