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第3話「聖女様は世界的な人気者」

「おねちゃん、せいじょさまになれなかった人?」


 フェルに誘導されるかたちで、私は興味の対象から脱出したはずだった。

 でも、ダンジョンの探索ツアーをやっている最中だったらしく、私は別の団体の興味の対象となった。

 幼い子どもたちと、子どもたちに付き添う先生の姿。

 無事に帰ってこられるか分からないと言われていたダンジョンの時代が終わり、ダンジョンは人々にとっての新たな好奇心をくすぐる場になっているのかもしれない。


「せいじょさまに、おちたひと?」


 無垢そうに幼い子どもですらも、かつての私が聖女候補だったことを知っている。


「……うん、そうだよ」


 聖女になったときに欠かすことのできない、国民を幸せにするための笑顔。

 そんな笑顔を振りまいて、子どもたちから逃げてしまえばいいのに、実際にこんな場面に遭遇するとどう対応していいのか分からなくなる。

 無理矢理に笑顔を作り込むことはできるけど、子どもたちを無視するって行為は、どうしても私の足を動かすのを躊躇わせる。


「私は……」


 それだけ、聖女様は世界的な人気者。

 それだけ、聖女様は民衆の信頼と期待を背負っている重要な存在。

 私は、そんな国の憧れを背負った聖女様を目指してきた。


「ディアナ」


 私に問いを投げかけてきた子どもに、何か答えを返さなきゃいけない。

 元聖女候補としての振る舞いをしようと思って立ち止まったけれど、フェルは無視をしていいと私に視線を送ってくれた。


「ごめん、ね……」


 かつての冒険者たちが残してくれた転移装置を利用して、駆け足でやって来た八階層。

 さっきまでは土を踏みしめていたはずなのに、今度は土の柔らかさも感じられない殺風景な場所へとやって来た。


「俺こそ……」


 息を吸い込んで吐き出すという動作をしただけで、植物が育つための場所じゃないってことがよく分かる。

 この階層にはモンスターたちが口にする食べ物すら育たない環境が整っているらしくて、モンスターの気配も感じられない。


「役に立てなくて悪かった」

「なんでフェルが謝るの……」

「音魔法が使えば、それ相応に音をかき消すことくらいできたから」


 音魔法は、音声を遮断することもできる魔法。

 フェルは音魔法の力で、私に向けられた言葉の数々を弾き飛ばすという案を頭に思い浮かべてくれたらしい。


「私だって、音魔法が使えれば……フェルに嫌な言葉、聞かせなくて済んだ……」


 泣かなくてもいいのに、泣きそうになっている。

 私に授けられた治癒魔法は聖女様に匹敵するほどの力だけど、その治癒魔法は人の心を癒すためには使えない。


「せっかく私のために手を貸してくれたのに、嫌な想いをさせちゃって……本当に……」


 この魔法が使えれば、あの魔法が使えたら。

 そんなことを思う必要はないのに、できないことに直面するたびに、大切な者を守ることができない現実に出会うたびに、自分にはない力を望んでしまう。


「俺も一緒」


 無機質な階層に零れ始めた言葉を拾ってくれたのは、出会って間もないフェルだった。

 絆ってものすら育まれ始めたばかりなのに、彼は私を精いっぱい気遣ってくれる。


「ディアナに嫌な想いさせた」

「違うよ、私がダンジョンで働くことを望んだから……」

「もっと気を遣うべきだった」

「そんなことないよ! 十分よくしてもらってるよ!」


 ただの、顔見知り。

 ダンジョンでの活動に長けている魔法使いと、職を求めている一般人。

 ただそれだけの関係なのに、フェルは私に対して大きな優しさを注いでくれる。


「人間、ないものねだり……だね」


 私に優しさを注いでくれるフェルに、私は何を返すことができるのかなってことを考える。


「フェルには無敵の攻撃魔法があって、私には聖女様に匹敵する治癒魔法がある」


 初めてのお給料でご飯をご馳走するくらいじゃ足りないくらい優しくしてもらっているのに、こんな言葉を投げかけることしかできない自分が情けない。


「それなのに、もっともっとって望んじゃう」


 フェルに心配をかけないように、お得意の聖女スマイルを披露してみる。

 国民が安心できるような笑顔を浮かべることができるのが、聖女になるための条件の一つだったことを思い出す。


「……魔法が発達しすぎてるせいで、ディアナの個人情報がばらまかれすぎだけどな」

「私の落選情報を一瞬にして、世界中に飛ばすことができるなんて凄いよね」


 そこに、恐怖という感情を抱かないわけではない。

 たった数日の間に、私は聖女に慣れなかったっていう情報が世界を駆け巡った。

 私は、もう平穏な世界には帰ってこられなくなるのかもってことを考えてしまう。


「大好きだな、私」


 でも、情報が出回る速さに助けられている人たちもきっといる。


「魔法が存在する、この世界が」


 魔法の力に助けられている人たちが生きる、この世界を嫌いになることはできない。

 私は、相当な魔法馬鹿だったらしい。


「……良い子ちゃんすぎ」

「フェルの魔法も、凄く好きだよ」

「は?」

「フェルの攻撃魔法は、人の命を救うための魔法だから」


 国の偉い人たちに囲まれて、国の王子様と結婚してっていう聖女ルートを歩むことはできなくなった。

 でも、それが私らしい生き方なんじゃないかなって思えるようになってきた。


「ディアナの魔法も、人の命を救うための魔法」

「あれ? フェル?」


 聖女選抜試験での生活は、閉じられたものだった。

 付き合う友達も限られていて、学べることも限られていて、自由なんてものは存在せず、毎日が息苦しさとの闘いだった。


「顔、赤いよ」


 けれど、聖女選抜試験を落選してから、私はようやく外の空気を大きく吸い込めるようになった。


「あー、もう、そういうことは気づいてても、口にしない!」

「もしかして照れてる?」

「恥ずかしいんだって……」


 外の世界を知るってことが、こんなにも自分の心臓を高鳴らせていく。

 初めて知る感情に戸惑うけれど、初めての心臓の動きに喜びを感じるのも本当のことだった。


「次に太陽を拝めるのは、十一階層か」

「ディアナ?」


 灰色の空から雨が降ってくる気配はないけれど、空気は次第に湿り気を帯びていくような気がする。


「何、企んで……」

「お日様があったら、フェルの顔がよく見れたのかなって」

「っ」


 少し長めの前髪が、更にフェルの表情を隠してしまう。

 もっと彼の顔を覗き込みたいのに、それを許してくれない彼の黒髪に嫉妬してしまいそうになる。


「とりあえず、宿泊施設(タウンキャンプ)のある二十階層を目指すから」

「案内、よろしくお願いします」


 たくさんの冒険者たちと出会った五階層は地上に近いこともあって、思っていたよりも多くの人たちとすれ違った。

 けれど、ダンジョンの奥深くに進めば進むほど人気はなくなっていく。

 冒険者の数が減っているっていう現実を、肌身で感じるようになっていく。


「モンスターすら生息してない階層もあるんだね」

「単純に、餌が育つ環境がないのが大きいかも」


 太陽の恵みを受けることができない階層では、呼吸を繰り返しているのは私たちくらい。

 たまに音を立てて転がる小石くらいしか、場には響く音がない。

 この静寂が広がる場所に留まり続けることは、精神的に厳しいものがあるかもしれない。

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