第5話「始まりを祝福してくれているように思えて」
「運命とか、安っぽい言葉は嫌だけど」
視線を上げたタイミングで、フェルが声をかけてくれた。
「ディアナは必要とされてるから、アルノに見つけてもらえたのかも」
下を見てばかりいたら、フェルを視界に入れることすらできなかった。
でも、今の私なら、フェルの瑠璃色の瞳を見つめることができる。
「今度こそ、アルノの奢りでちゃんと食べること」
「そっちだって、魔法使いなんだから稼ぎあるでしょ?」
「優しい優しいお兄様が奢ってくれるって言っただろ」
タルトの優しい甘さと、果実の新鮮な酸味を口いっぱいに広げていく。
自分は独りじゃないと思えることが、どんなに心強いことか。
今日の日の出来事をずっと覚えているためにも、この特別な一皿を口の中へと含んで美味しさを堪能していく。
「私、ダンジョンに向かいます」
物語のように上手くいきすぎる展開に、戸惑いがあるのは事実。
「フェル、一緒に行ってもらえる?」
「俺は、ディアナを守りたい。ただ、それだけ」
フェルの声が、これから何かが始まるんじゃないかって予感を同時に連れてきてくれる。
「治癒魔法に特化しているディアナ様は戦えないんだから、ちゃんと護衛すること」
戦う力を持っていない私が、ダンジョンに潜り込むのは不可能な話。
私は、戦う力を持つ人に守られなければいけないということ。
「は? アルノは……」
「僕はディアナ様の行方が分からなくなる前に、追いかけてきただけ。一旦、城に戻るよ」
アルノ様が城に戻るということは、二番目の聖女がどこで医療行為を始めるかを報告するということ。
覚悟を決めていたけれど、人はそんな簡単に強くなれない。
短い呼吸を何度か繰り返して、私は平静を保とうと心がける。
「二、三日後には、五十階層の病院で合流できると思うから」
「それまで、好きに病院を使ってもいいのか?」
「もちろん。って言っても、廃病院だから、かなり荒れ果てて使い物にならないとは思うけど」
ダンジョン五十階層にある病院は、二十年以上前に経営が困難となったのを理由に廃病院と化してしまったと聞いている。
それだけダンジョンから人が去っているのだと思っていたけれど、二番目の聖女は廃病院に招かれることになった。
「聖女候補の暗殺計画……」
ダンジョンで始める開業医は、即廃業の可能性を秘めている。
モンスターが暮らしているダンジョンへと追いやられる私は、頭に浮かんだ妄想を口にしてしまった。
「それが妄想で終わるといいね」
フェルは声を漏らさないように笑いを堪えているのに対して、アルノ様は私を脅しにかかってくる。
「やっぱり、ダンジョンで聖女候補を始末する予定が……」
「ちゃんと食べたなら、出発」
「あ……フェル! もしもアルノ様が隠し事してたら……」
「俺は、ディアナを守るためにいるんだって」
これから数少ない冒険者を助けるのが、私の仕事になる。
(誰かを助けるために、誰かを助けることができる自分になりたかった)
他人に助けてもらうことが苦手だった。
他人に助けてもらったことがないから、ダンジョンで仲間の人たちにおんぶだっこ状態になってしまう未来に不安と恐怖を抱いた。
(私は助けられる側じゃなくて、助ける側になりたい)
カフェスペースを利用している人の数は少なかったけれど、職業案内所は多くの人たちが行き交う場所。
職を求める多くの人たちが集う場所を旅立ち、私は心の準備を整える。
職業案内所を出るということは、私の未来が決まったということでもあるから。
(ちゃんと、酸素を取り込みたい)
どこまでも青く広がる空を見上げながら、外の空気大きく吸い込んだ。
城の中の空気に慣れすぎて、呼吸が浅くなるときが何度もあった。
外では大きく息を吸い込むことが許されていると知って、私は多くの酸素を体に行き渡らせる。
「フェルが怪我をしたら、私が治療するからね」
「そうしてもらわなきゃ、共倒れエンドになる」
「ふふっ、始まる前に終わっちゃう物語になっちゃうね」
職業案内所に来る前と、職業案内所から去った後では、未来への期待の大きさが違うのを感じた。
「あ……」
新しい何かが始まることに心臓が高鳴りすぎて、早く心音を落ち着けたいと考えている。
それなのに、過ぎゆく時間は私を待ってくれない。
「一生ダンジョンに引きこもるわけじゃないから、買い出しは後でも大丈夫……ディアナ?」
私たちが生きる世界には、春と夏と秋と冬という四つの季節が存在する。
春という季節は穏やかな気候と気温で過ごしやすいけれど、よく人々は出会いと別れの季節なんてことを言われている。
「風」
出会いと別れの季節という言葉に寂しさを抱いたこともあるけど、その寂しさは優しい春風が一瞬にして吹き飛ばしてくれた。
「心地いいね」
春風の中に、自分の髪色と同じ花びらが混ざり込む。
「心の準備は整った?」
「うんっ」
花が吹雪のように舞う、この光景が。
私の始まりを祝福してくれているように思えて、心が震えて、なんだか泣きそうになった。




